![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/167034696/rectangle_large_type_2_63a956e23e1bd35eb87070567ecf0fec.png?width=1200)
現代文の問題:芥川龍之介『文芸鑑賞講座』
次の文章を読んで後の問いに答えなさい。(なお、出題に際して一部を抜粋したうえで表現をあらためている。)(目標時間15分)
文芸鑑賞講座
文芸上の作品をどういう風に鑑賞すればよいかということはもちろん大問題でありますが、まずわたしの主張したいのは素直に作品に面することであります。これはこういう作品とか、あれはああいう作品とかいう心構えをしないことであります。(a)いわんや片々たる批評家の言葉などを顧慮してかかってはいけません。片々たらざる批評家の言葉も顧慮せずにすめばしない方がよろしい。とにかく作品の与えるものをまともに受け入れることが必要であります。もっとも「ではその作品は読まないにもせよ、既に二三の作品を読んだ作家の作品はどうするか?」という質問も出るかも知れません。それもやはり同じことであります。同一の作家にしたところが、前のと全然異なった作品を書かないものとは限りません。現にストリンドベリ(*1)などは自然主義時代とその以後とにかなりかけ離れた作品を書いています。たとえば「伯爵令嬢ユリエ」と「ダマスクスへ」とを比べて御覧なさい。残酷な前者の現実主義は夢幻的な後者の象徴主義と著しい(b)ソウイを示しています。それを(1)どちらかの作品から推した心構えを以て臨めば、どうしても失望――しないにもせよ、とにかく多少は鑑賞上に狂いを生じ易いのであります。しかしもちろん絶対に何らの心構えもしないということは人間業には及びません。必ずどの作品にもあるいは作家の人となりから、あるいは作家の流派から、あるいはまた装幀だの挿画だのから、幾分かの暗示を受けています。が、(2)わたしの主張するのはそれをも排斥しろというのではない、ただそれを出来るだけ少なくしたいというのであります。《中略》
しかし素直に面して見ても、世界的に名高い作品さえ何の感銘も与えないことは必ずしもないとは限りません。こういう時はどうするかといえば、何も無理には感心したがらずに、そのまま少時は読まずにお置きなさい。実際いかなる(c)ケッサクでも読者の年齢とか、境遇とか、あるいはまた教養とか、種々の制限を受けることは当たり前の話でありますから、誰にも容易に理解出来ないのは少しも不思議ではありません。それは自慢は出来ないにもせよ、少くとも自己を欺いて感心した風を装うよりも恥ずかしいことではないはずであります。けれども前に読んだ時に理解出来なかった作品もなるべくは読み返して御覧なさい。その内には目のさめたように豁然(*2)と悟入(*3)も出来るものであります。古来禅宗の坊さんは「啐啄の機(*4)」とかいうことを言います。これは大悟(*5)を雛に例え、一羽の雛の生まれる為には卵の中の雛のくちばしと卵の外の親鳥のくちばしと同時に(3)殻を破らなければならぬということを教えたものであります。文芸上の作品を理解するのもやはりこれと変わりはありません。読者自身の心境さえ進めば、鑑賞上の難関も破竹のように抜けるものであります。
*1……ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(1849年1月22日 - 1912年5月14日)スウェーデンの劇作家、小説家。
*2……突然迷いや疑いが晴れるさま。
*3……悟りを開いて真理の世界に達すること。
*4……禅で、弟子が悟りを開くことができる段階に達したその瞬間に、師匠が悟りのきっかけを与えることのたとえ。転じて、ものごとを成し遂げるための、えがたいチャンスのたとえ。
*5……深く大きな悟りをひらくこと。
原文……https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/46227_26608.html
問1 (a)の意味として最も適当なものを選び記号で答えなさい。
(ア)さらに言えば
(イ)本当は言いたくはないが
(ウ)恐る恐る言うならば
(エ)言うまでもないことだが
問2 (b)(c)を漢字に直した際に、同じ漢字が使われている選択肢を選び記号で答えなさい。
(b)ソウイ
(ア)ソウゴ作用
(イ)株主ソウカイ
(ウ)大言ソウゴ
(エ)天下ムソウ
(c)ケッサク
(ア)全12話カンケツ
(イ)ケッシの覚悟
(ウ)英雄ゴウケツ
(エ)手術でユケツを受ける
問3 (1)とあるが、鑑賞上に狂いが生じないようにするためにはどうすればよいと筆者は主張しているか。該当する箇所を本文中から20文字で抜き出しなさい。
問4 (2)とあるがそれはなぜか。最も適当なものを選び記号で答えなさい。
(ア)作品にまつわる情報から何の影響も受けないということは、人間が思考し、感受し、想像する生き物である以上、不可能であるため。
(イ)作品を真摯に理解するには、その作家がどのような人間性を備えているかという知識こそが重要であるため。
(ウ)作家は装幀の細部にまでこだわり、その作品で表現したいメッセージが読者に伝わるように工夫をこらすのが当然であるため。
(エ)作家が何の修練も経ず、何の文化資本の恩恵も受けずに優秀な作品にまで結実させることなどできるはずがないため。
問5 (3)の「殻」とはこの文脈では何の比喩か。該当する部分を本文中から6文字で抜き出しなさい。
【模範解答・解説】はこの下にあります。
↓
【模範解答・解説】
問1 エ
問2 (b)ア (c)ウ
問3 作品の与えるものをまともに受け入れること(20文字)
【解説】本文では「素直」という語が2度登場しており、文脈からも筆者が重視している姿勢であるとわかる。「素直に作品に面すること」というのが一瞬解答のように思われるが、今回の問いでは20文字指定であるため、この言い換え部分が解答となる。
問4 ア
【解説】直前の二文の内容を踏まえて考える。人間は、前情報や前提となる知識をもとに眼前の事象を解釈するし、想像力により暗示や類推で解釈するという能力も備わっているがゆえ、認知バイアスから逃れることはできないという旨が述べられている。裏を返せば、それらから完全に逃れるということは人間ではなくなることを意味している。
問5 鑑賞上の難関(6文字)
【解説】この段落の要旨は次のようになる。〈どれほど素直に向き合ったところで、理解が進まない本というものはある。それは時節が合わなかっただけで、成長を経てから読み返したときに、ある日突然感銘を受けることがある。〉