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ギリシャにおける観光政策と、歴史的・伝統的な町並みの再生の関わりとは  地域復活の仕掛けを訪ねて -前編-

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國學院大學メディアの公式サイトから、note担当者がおすすめ記事を転載!
今回は、ギリシャ・サントリーニ島「復活」のプロセスに魅了され研究を続ける、石本東生いしもととうせい教授(観光まちづくり学部)のインタビュー記事・前編をお届けします。

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エーゲ海にふりそそぐ太陽の光が、まばゆいほどに白く照りかえる。そんなギリシャの一大観光地・サントリーニ島の町並みは、かつては荒れ果てていたのだという。なぜ、世界中から旅行客が集うまでになったのか?

 そんな「復活」のプロセスに魅了されてきたのが、石本東生・観光まちづくり学部教授だ。前後編のインタビューで見えてくるのは、観光地へ向けるまなざしと、自身が研究の道へと至る道のりの特殊さ。アテネの遺跡で冷や汗をかきながら通訳ガイドのアルバイトをしていた、かつての石本青年の姿もまた、浮かび上がってくる。

私が取り組んでいる研究は、EUの観光政策、特にギリシャ・エーゲ海地域における観光政策・文化観光です。また、歴史的・伝統的な町並みを再生した観光地のまちづくりも研究しています。

 たとえば、エーゲ海南部に位置するサントリーニ島は、世界屈指のアイランド・リゾート地として、大変な人気を博しています。文化財としての「伝統的集落」が数多く点在しており、その美しい歴史的な町並みに魅了され、世界中の観光客が足を運ぶ島になっているのです。

 他にも、クレタ島にはギリシャ国内で最も多くのアグリツーリズム(=主に、都市生活者が農場や農村で休暇・余暇を過ごす観光形態)の施設が集積しています。

 こうしたギリシャ・エーゲ海の地域を主な研究のフィールドとしつつ、近年は日本国内にも視野を広げ、京都や神戸といった都市の歴史的町並み保存、ならびに観光まちづくり政策の研究も進めています。

ギリシャ・サントリーニ島イア地区/石本教授提供

観光政策と、歴史的・伝統的な町並みの再生がどのようにかかわってくるのか。私自身の関心についてお話しするためにも、具体的な例を出してみたいと思います。

 先ほど触れたギリシャ・サントリーニ島は、ヨーロッパ最古の文明ともいわれるエーゲ文明発祥の地であり、古くから海上交通の要衝ようしょうとして栄えてきました。紀元前16世紀に島内火山の大爆発によって現在のようなカルデラ状の地形が形成され、特に「イア」という伝統的集落では、19世紀につくられた「洞窟住居群」が、見事な景観を形成しています。

 ただ興味深いことに、こうした「伝統的集落」は、ずっと観光地だったわけではありません。むしろ、イアを含めたサントリーニ島全体は、一度大きく衰退したのです。20世紀に入り、海運業の中心地がよそへと移り、また自然災害なども相次ぐなか、サントリーニ島は過疎地となり、荒れ果てた孤島になっていってしまったのですね。

 こうした状況を、複数の動きが打破していきました。ひとつには1976年から1992年までの間、ギリシャ観光省とギリシャ政府観光局が進めた、イア地区の集落の大規模な修復・再生プロジェクトです。並行してギリシャ政府も、1978年11月に初めて「伝統的集落法」を定め、それ以降、関連する大統領令を順次発令することにより、伝統的集落保全のための法整備を進めていきました。

 荒廃したサントリーニ島は、こうした動きのなかで息を吹き返したのみならず、世界トップクラスのアイランド・リゾートとして圧倒的な人気を誇るまでになったのです。2009年よりギリシャは深刻な経済危機に見舞われましたが、そうした苦境のなかでもギリシャ観光市場は確実に成長を遂げてきました。現在はコロナ禍の最中にありますが、こうした山場をギリシャは幾度も乗り越えてきたわけです。私も昨年、久しぶりに足を運んで滞在することができ、さらに研究を進めていこうとしているところです。

ギリシャ・ロードス島リンドスのアクロポリス(背景)/石本教授提供

さて、私自身、なぜこのような研究へと進んだのかというと、一貫した関心があることに思い当たります。それは、すこし大仰な響きがあるかもしませんが、「復活」という歴史的な出来事への興味である、ということができます。

 たとえば、大学時代に学んでいたことのひとつが、初期キリスト教の歴史でした。ヨーロッパにおけるキリスト教の発展史においては、1世紀から3世紀のおわりまで、歴代のローマ皇帝がキリスト教徒に大迫害を加えていたことが知られています。キリスト教は、いつ潰えてもおかしくなかったわけです。

 しかし、ローマ帝国内でのキリスト教の信仰が認められた「ミラノ勅令」(313年)から、帝国での「国教化」(392年)を経て、キリスト教にとっての歴史的な大転換が生じました。キリスト自身になぞらえれば、これを「復活」といってもいいのではないかとさえ、私は感じます。

 こと切れてしまいそうな精神が、屈せずに、しぶとく息を吹き返し、「復活」していく――。そんな歴史のダイナミズムに、魅せられたのです。他にも学びのなかで影響を受けたものは多々あるのですが、いま申し上げたような「復活」のヴィジョンは、ギリシャを中心とした観光へと研究フィールドが移っても、変わらず私を魅了しています。

 私が現在の研究の道に進むきっかけとなったのは、バブル期だった当時、大学卒業を機に「聖書の舞台をこの目で確かめるチャンスは今しかない!」と意を決し、片道切符でイスラエルとギリシャの地へ遊学したことでした。1年数か月をイスラエルで過ごし、ギリシャに向かった頃には旅費を使い果たしていたため、現地で観光向け通訳ガイドのアルバイトをはじめて糊口ここうをしのいだことが、運命の転機だったんですね。自身も初めて訪れるギリシャ各地の遺跡について徹夜で勉強し、内心ハラハラもぶっつけ本番の歴史ガイドにチャレンジしていたことが、今日の糧となっています。今は懐かしく思い出されます(笑)。

 その後、一度日本に戻りましたが、再度ギリシャ留学の機会を与えられ、都合十年ほど滞在しました。全面的に帰国してからは、ギリシャ政府観光局日本支局勤務を経て、現在の研究の道へと本格的に入っていきました。私自身もまた、いつの間にかしぶとさを身につけてきたのかもしれません(笑)。インタビューの後編では、特に近年の関心についてお話してみたいと思います。

インタビュー後編はこちらから!
EUの観光事業者への公的資金支援から学ぶ復活のプロセス
地域復活の仕掛けを訪ねて -後編-

石本 東生
所属:観光まちづくり学部 観光まちづくり学科
研究テーマ:EUの観光政策、ギリシャ・エーゲ海地域の観光