国もジャンルも超えて増殖するユーモラスな革命家|たぬきの置き物|蒐集、それは研究の始まり
昨年11月から都内で不定期開催されているDJイベント「ぽんぽこ山」。通常、この手のイベントで流れる音楽は大枠でジャンルが決まっているものだが、ロック、民族音楽、エレクトロニカと、「ぽんぽこ山」では実にさまざまな音楽が扱われる。
それでいて何か一つの作品空間を作り出している感覚になるから不思議だ。イベントの案内文には「たぬきが山奥で開催しているパーティ」とある。ああ、なるほど、たぬきのパーティね。納得、納得。……ん?たぬきのパーティ??
イベントの主催者・テンテンコさんはアイドルグループBiSの元メンバーで、2014年の解散後はフリーのアーティスト・DJとして活動している。取材のためにお邪魔したご自宅はこちらの期待通りに大小、素材もさまざまなたぬきに占拠されていた。
今回の蒐集物は、この「たぬきの置き物」。ここまで人を虜にするたぬきの魅力とは。彼女はなぜたぬきの置き物を集めるのか。いや、それ以前にそもそも「たぬき」っていったいなんなんだ!
はじまりは長野の古道具屋で
━━先日「ぽんぽこ山」にお邪魔したんですが、非常に面白い体験でした。最初はエキゾチカ的な音楽なのかなと思ったんですけど、それだけでひとくくりにできない感じもして。
そうなんです。これというジャンルでくくっているわけではなくて。ロックだったり、民族音楽だったり、そういういろいろなジャンルの中に「ぽんぽこ山」が隠れているというイメージで言ってます。私自身はもともとジャンルという枠で音楽を聞く感覚がないんですけど。それを上手いこと伝えられる言葉ができたな、と思ってます。
━━「ぽんぽこ山」がどういう経緯で生まれたのかも知りたいんですが、まずは連載のテーマである「収集」から。たぬきの置き物を集め始めたのはいつごろからですか?
そんなに昔じゃないです。わりと最近のことで。2年前かな、長野に行ったときに古道具屋さんで最初の一匹に出会いました。そこにある大きいのがそうです。かわいくないですか?
━━たしかにかわいいですけど。何に惹かれたんですか?
うーん、お茶目な表情というのかな。軒先にいたんですよ。埃まみれではあったんですけど、一際輝いていて。かわいらしい一方で、哀愁、渋さ、おじさんっぽさがあるところにも魅力を感じます。
━━古道具屋さんにはよく行くんですか?
はい、こけしにも興味があるので。10代のころからずっと集めていて、たぬきほどの熱量ではないですけど、今も。あとは民俗学にも興味があったりして、そういう流れで。このたぬきにもおそらくいろいろな種類があるんだろうなと思って、それで探してみようかなとなりました。
━━どうやって集めているんですか?やはり古道具屋さんをめぐって?
リサイクルショップとかフリマで出会ったものもあります。あとはメルカリとかでも。検索ワードの一つに「祖母 棚」という面白いワードもあります。良かったら、調べてみてください。
━━見渡すところ結構な数がありますけど、たくさん集めたいと思ったのはどのあたりから?
そこはインターネットの恐ろしさだなと思っていて。リサイクルショップやフリマであれば、ちょっとずつしか出会わないから問題ないんですけど。インターネットだといろいろなものが見えてしまうじゃないですか。ある種ネタバレのようにして、いろいろなたぬきがあることがわかっちゃう。そうすると集めたくなってしまうんです。探したくなってしまう。
「ああ、貝殻でできたたぬきなんてあるんだ!」「絶対に集めたい!」みたいに。
大量生産品。それでも滲み出る人間性
━━自分の目にはまだほぼ同じたぬきに見えているんですが、どんなバリエーションが?
一番たくさんあるのはこのタイプですね。さっき紹介した初めて買ったのが「スタンダードたぬき」。
細かく見ていくといろいろあるんですけど、イチオシはやっぱり貝殻でできたこれですかね。胴体も顔も手も帽子も、全部貝殻なんですよ。あとは、まつぼっくりで作られたものなんかもあります。
━━これは……おみやげ品なんですかね?
そうだと思います。聞いたところでは、おみやげ品のこけしを作っていた職人さんが、同じラインで作れる商品はほかにないかと考えて、そこから派生するかたちで作っていたものみたいです。80年代には結構たくさん作られていたとか。旅行ブームも背景にあったのかな。人に聞いた話なので、詳しくはわからないですけど。
━━自分で調べたりは?
あえて調べることはしてないです。誰が作ったとか、あまり答えを知りたくない気持ちがあって。今は全部想像してます。その想像するところが、集める上では結構楽しい部分だったりするので。
音楽もそうなんですよ。誰が作ったかわからない音楽。たった1枚しか作品を残していないミュージシャン。企業の企画ものなんだけど、なんだか変なものを作ろうとしたっぽいぞ、とか。そういうことで音楽自体が変わるわけではないんですけど、いろいろと想像するのが楽しいなって。
━━ああ、たしかに。好奇心でドライブして知らないことをどんどん掘っていく楽しみもあるけれど。一方には正解を伏せたまま想像していく楽しみもありますね。
そうなんです。これって大量生産品だから、そこまで作家性があるわけでもないじゃないですか。作った人の名前なんてどこにも書いてない。でも、そこも結構面白いなと思っているポイントで。
あくまで型があって、たくさん作られた中の一個。でも、それでも滲み出てしまう人の感じがやっぱりあって。そういうのが感じられると、グッとくる。たまらないなって思います。
━━それでも滲み出てしまう人の感じ。
おみやげ品には「どれだけ小さくするか」みたいな文化もあると思うんですけど、そこへの執着というか、美学というか。
「いっちょう全部貝殻で作ってやるか!」なんて思ったのかな、とか。「この貝は胴体に見えるな」「こっちは手にするのにちょうどいい」……。そんなふうにして、作っている人の頭の中が見えるような気がして。そういう想像力を掻き立てるような工夫や遊び心に出会うと、嬉しくなっちゃいますよね。
そうか、私が好きなのは「ぽんぽこ山」なんだ!
━━DJイベント「ぽんぽこ山」についても伺いたいです。このイベントが始まったのは昨年11月。ということは、たぬきの置き物の収集がまずあって、そこから派生したものと捉えていいですか?
うーん、というよりは同時多発的と言った方がいいのかな。うまく説明できるかわかんないんですけど、私には「自分はどういうものが好きなのかな」って常に考えているところがあって。
━━自分はどういうものが好きなのか。
DJや音楽のことをやっているので「どんな音楽が好きなのかな」とか。
面白いのが好き。かわいいのが好き。変なのがいいな……。そういうふわっとした「好き」はいっぱいあるんです。でも、それって結局どういうことなのか。バシッと言い当てる言葉が見つからない。それをずっと追い求めているところがありました。
そうしたらあるとき、録音をお手伝いしたMIXに「ぽんぽこ山だ!」という感想をくれた人がいて。それを見て、衝撃が走ったんです。
たとえば電子音の好きな音楽がある。でも、全然好きじゃない電子音もいっぱいある。じゃあ私が好きな音楽ってなんなの?とか思っていたんですけど。「そうか!ぽんぽこ山だったんだ!」って。すごく腑に落ちた感覚があって。
━━コメントをくれたその人がテンテンコさんの「好き」を的確に言い当てたんですね。
そうなんです。そう言われてみるとたしかに、ほかの人のDJを「最高!」と感じたときに、同時に「このセット、なんだかたぬきのお祭りみたい」と思ったこともあったし。音楽とはまったくの別軸で、この子たちを集めていたり。いろいろなことが全部ばばばばーっとつながって。
音楽と音楽以外の「好き」がこんなに融合できたのは初めての体験だったので、それは結構嬉しい瞬間でした。
━━でも、それって「ぽんぽこ山」という言葉でほかの人にも通じるものなんですか?たとえばハウスミュージックのイベントならハウスと言えば伝わるけれども。「ぽんぽこ山」は音楽のジャンルではないとすると、どう説明してるんですか?
「たぬきが山奥でやっているパーティを想像してDJしてください」って言ってます。
━━解釈は人それぞれ?
そうです。なぜって、私は自分がまだ想像していない「ぽんぽこ山」にも出会いたいと思っているから。「たぬきとはこういうもの」「ぽんぽこ山とはこうである」みたいなことはむしろ壊していきたい気持ちが強いです。今ある「たぬき像」をいかに壊して、広げていくか。そこに挑戦したいなって。
「自分の想像できない世界、知らない世界がどうやらめっちゃあるようだ」と感じると、すごく嬉しくなる人間なんです。「もっと変なものを見たい」といつも思ってる。コントロールできないもの、想像を超えたもの、自分の物差しでは測れないものを常に求めているところがあります。
国境も超えて伝わるたぬきの「たぬき性」って?
━━イベントを重ねる中で「たぬき像」に変化がありましたか?
すごくあります。始めた当初は日本の昔話のイメージとか、かわいらしいイメージだったんですけど、たぬきのことを考え続けているうちに、葉っぱで変身するところとか、山奥での厳しい生活も想像するようになりました。
イベントとしても、もともとは日本の古いお祭りをイメージしていたけど、最近はロボットのたぬきが出てくる未来的なイメージの回もあったりとか。回を重ねるほどに、いい意味で歪んでいってますね。
でも、変化していると言っても、そこにはなんとなく通じるところもある気がしていて。「ぽんぽこ山」というキーワードが一つできたことで、それが共通言語になって、それまで話したことがない人とのあいだでも「それってたぬきっぽいね」という感覚を共有できるようになったというか。
「これはたぬきだね」「ここにはたぬきはいないかな」。そういう会話が成り立つようになったんですよね。
━━面白い。特定のジャンルの音楽ではないし、たぬきのことを歌った歌というわけでもないのに。それでもなんとなく共有できる「たぬきっぽさ」がある。
私には「ぽんぽこ山」の音楽を聴くと景色が見える感覚があります。たぬきが走っていたり、踊っていたり。車を運転してることもあります。それってなんなんだろう。わからなすぎる。だからこそ興味があります。掘っていきたいなと思います。
━━たぬきのキャラクター性の豊かさ?
そうかもしれない。たぬきって昔話にもよく登場するし。みんなが共通して持っているイメージがあるのかな。ほかの動物で同じことをやろうとしても難しいんですよね。そこも面白いなって。
……あ、でもわかんないな。「ぽんぽこ山」には海外のお客さんも来てくれるから。日本の昔話は当然知らない。「ニューヨークにはたぬきはいない」って言ってました。なのに「わかる!」「面白い!」って。だからたぬきのもっと奥に何かがある。それは国境さえも越えるんだって思いました。
━━たぬきの「たぬき性」は国境をも越える!
私が反応してるのも、その「たぬき性」なのかもしれないです。このたぬきに出会ってからは、あらゆるものがたぬきに見えるようになってしまったので。その最たるものが音楽ですけど、映画でも本でも。街を歩いていて、何を見てもたぬきが見える。それがすごく楽しいです。
頭で集めるか、心で集めるか
━━古道具屋で出会った一匹が起点となって、テンテンコさんの中では今、すごいことが起きてるんですね。
本当にそうです。これは私の一生のテーマになり得るのではないかというワクワクがあります。でも「ぽんぽこ山」は始めてまだ1年経ってないですし、たぬきを集め始めてからも、まだ2年くらい。まだまだこれからだという気持ちが大きいです。「たぬき」でやりたいことがまだまだたくさんあります。
━━たとえばどんなことを?
たぬきのディスクガイドを作りたいです。「こんなところにたぬきを見つけました!」みたいな本を作りたい。そういうふうにして、みんなにたぬきの存在を気づかせたい。
私の中では「いろいろなところに隠れているたぬきに気づく=たぬきがぽんって生まれる」イメージなんです。「ああ、この曲、たぬきだ!」と思った瞬間に、その人の頭の中にたぬきが生まれる。だから、みんなの頭の中にどんどんたぬきを生まれさせたい。増殖させたいです。
そしてその先に、ジャンルを壊していきたいという目標があります。
━━ジャンルを壊す?
ジャンルって「わかりやすく定義されていて、つまらないもの」という感覚が私にはあって。私自身は、すでに価値がついているものには興味が持てない。価値は絶対に自分でつけたいといつも思ってます。誰かがつけた価値に対しては、むしろアレルギーがあるかもしれないです。それはそれで、人がつけた価値に逆の意味で影響されてることになるから、嫌なんですけど。
収集と蒐集の違いもそこにある気がします。誰かがきれいに定義したものを集めるのか。それとも、なんだかわからないんだけど、自分の気持ちに従って集めるのか。頭で集めるのか、心で集めるのかの違いというか。
━━なるほど。頭で集めるのか、心で集めるのかの違い。
生きていると常に誰かが決めた価値を見せつけられている感覚があります。だから私は、そういうものからいかに逸脱するかということばかりやってしまう。
人気が出たとか、CDが何枚売れたとか、音楽の価値ってそれだけじゃないと思うんです。たとえば私のように孤独やどこか生きづらさを感じている人が聞いて、そんな人がワクワクしたり、面白いな、もうちょっと生きてみるか?とか。そういう瞬間を大事にしたい気持ちがあります。
このたぬきたちもそう。美術品として優れているかどうかはわからない。でも、そういうことではないなって。全部貝で作ってしまうとか。ちょっとしたユーモアだとか。数字ではなく、もっと奥に見えるもの。そういうものをいろいろなかたちで提示していきたいです。
今は音楽ジャンルで区切って売られているところに「たぬき」っていうコーナーができたら面白くないですか?そうなったら何が起こるか。別にそれが価値になるとか、そういうことではない気がしますが。でもきっと面白いんじゃないかな。
━━「ジャンルを壊す」という強い言葉とは裏腹に、アプローチとしては柔らかい。そこにもたぬきが寄与している気がしますね。
一気にふにゃーんとなりますよね。ちょっとどうでもいい気持ちになる。ギラギラしてない。そういうところもたぬきの魅力的だなって思ってます。
執筆:鈴木陸夫/撮影:黒羽政士/編集:日向コイケ(Huuuu)