緑と渓谷を眺めながら至福の読書時間「古本と喫茶 おくたま文庫」はいかにして生まれた?
——岡村さんは、國學院大學メディアnoteを読んでいただいていますか?
はい。拝読しています。まちづくりの記事をあれこれ読んでいる中で、最初に出会ったのが「城崎温泉」のまちづくりは「弱点」探しからはじまったという記事だと記憶しています。これは観光まちづくり学部の西村幸夫学部長がお話されている記事で、同じく西村先生が登場している多様な学問の視点を複合した「まちづくり」を学ぶ教育も読ませていただき、「スキ」をしたと思います。
——「おくたま文庫」をオープンしたきっかけは?
私はもともと自然豊かな奥多摩が大好きで、カヤックを乗りに行っていたんですね。子どもも連れてよく遊びに行きました。
でも、子どもたちが大きくなりだんだん付き合ってくれなくなったので、なにか通う口実があれば堂々と行くことができるかなぁって考えまして。
——それで突然ブックカフェを思い立った?
奥多摩でなにかしたいと思ったときに、もう一つの思いがあったんです。私は、今住んでいる埼玉にあるネット古書店で、デザイナーをしています。おくたま文庫は副業なんです。
会社はいろいろな古本を仕入れて、値付けしてネットで販売しているわけですが、過去のベストセラーで市場に大量に出回っているものとか、厚みがあって送料が高くなりすぎるものは廃棄に回ってしまうんです。それ以外にも、ISBNコード(※)がないと販売できないので、ISBNがつく以前の古い本なども廃棄される運命です。それがとても心苦しいと思っていて。
※固有の出版物を発行形態別、1書名ごとに識別するコード。約200の国と地域で発行される書籍に表示されている
(日本図書コード管理センターHPより)
——なるほど。
奥多摩でなにかやってみたいという思いと、捨てられる運命だったけど、もう一度読む人と出会えるかもしれない本を掛け合わせてなにかできないだろうか? と考えたんです。
だけど、おそらく奥多摩という場所では、本屋さんだけ、カフェだけでは成立しにくいかなと思いました。奥多摩町は東京都ですが、人口約5000人の小さな町。東京の中心部からも遠いです。そしていろいろ考えて、ブックカフェという形はどうだろう? と思ったんです。
——本とカフェを合わせれば、なんとかいけそう、と。
はい。本は社長に「廃棄される本を買い取らせてほしい」と何度も地道に交渉して。社長も「本屋がない場所でそういう活動をするのはいいね」と応援してくださって、本の仕入れルートは確保できたんです。
——その後、物件探しですか?
はい。それもほんとうに偶然の出会いで。SNSで「奥多摩でなにかやってみたいと考えている」とアップしたら、奥多摩エリアの地域おこし協力隊の方がすぐにレスしてくれて、力になってくださったんです。
奥多摩には不動産屋さんがなく、また土地柄、物件の所有者に事業計画書を持参して正面から説明するというよりも「あの人が紹介する人なら間違いない」というような、人間関係が担保になるようなところがあります。なので、最初に地域おこし協力隊の方とつながることができたのはとても大きかったです。そのつてで、昭和レトロな旅館の地下を借りることができたんです。
——えっ、地下ですか?
はい、しかも地下3階。ですが、日が差して緑が美しい場所だったんです。奥多摩は、急峻な山に囲まれているところが多く、その旅館も崖の中腹に建っていました。だから地下でも太陽の光が入ってくるようなロケーションだったんです。
——1日中コーヒー片手に本を読みたいような空間ですね。
まさにそんなお店でした。残念なことに、2022年(令和4年)3月で契約が終了し、こちらでの営業は終わってしまったのですが……。その場所はもともと旅館のスナックで、インテリア類もほぼ居抜きで使わせていただきました。ベロアのソファとか、シャンデリアとかが若い方には新鮮だったみたいで、わざわざ遠くから来てくださる方も多かったですね。
——約1000冊という蔵書のラインナップが、また趣味がいいですよね。これが全部廃棄されかけていたなんて!
そう言っていただけるとうれしいです。私は、古い時代の、そのときにしか書かれないような本をとても価値があると思い、仕入れさせていただいています。とくに景気が良かった時代の本は、装丁もすごくぜいたくに作られているんですよね。
そんな捨てられそうになっていた魅力的な本を、こうやってまた読んでいただけると「ああ、よかったなぁ」という気持ちになりますね。
——ブックカフェというからには、ドリンクやフードもあると思いますが、ご自分で提供されていたんですか?
はい。スタッフはいなかったので、私一人で提供できるものを考えました。定番メニューのガトーショコラは、20年以上作り続けてきたレシピで作りました。あとはベトナムのサンドイッチ、バインミーを作っていました。
コーヒーは、奥多摩で豆を自家焙煎しているお店「GottaCoffee」さんにブレンドしていただいた、冷めてもおいしいものを提供していました。本を読みながらだと、ゆっくり飲む方が多いので。
——旅館の地下での営業は、好評だったんですね。
2021年(令和3年)4月のオープン当初は、お客様が1日3人ぐらいしか来ないときもあってドキドキしました。また、コロナ禍で開店できなくなったときは、オンラインショップを作ったりして乗り越えました。開店できるようになってからは、地元の方が来てくださったり、お客様がSNSで拡散してくださったりして少しずつ情報が広がり、最後は1日30〜40人ぐらいのお客様がいらしてくださいました。
——旅館との契約が終了した後、「おくたま文庫」も休業?
noteなどのSNSで私が書いたことを見て、入間市、青梅市、東小金井市などの方が「やってみませんか」と声をかけてくださって、「出張おくたま文庫」として不定期に開店していました。お声がけくださったのは、ほとんど直接お会いしたことがない方だったんですよ。本当にありがたいです。
——開業のときからずっと、周囲の方が応援し、支えてくださっていますね。新しい場所も、人の縁で見つかったとか。
そうなんです。これもご縁があって、青梅線の鳩ノ巣駅から歩いて4分ほどのところにある「KIKORI CAFE TOKYO」というカフェで不定期営業できることになりました。素晴らしい景観のカフェなんです。
「KIKORI CAFE TOKYO」さんは、オーナーが亡くなられて一時閉店していました。そのことを知った奥多摩でお世話になっている知人が「もしかして借りられるかもしれないよ」と、私を連れて行ってくれたんです。
カフェに伺うと、オーナーの息子さんが新たにカフェとして開業することになり、ちょうど息子さんが改装してる最中だったんです。めったにお会いできないだろうからと思い、名刺をお渡しして「じつはブックカフェをやっていて、場所を探していて……」とお話ししたら、「じゃあ、うちが休みの日にやります?」と言ってくださって。
——すごい展開!!
そうなんです。わらしべ長者じゃないですが、ご縁と運で助けられています。「KIKORI CAFE TOKYO」さんは本棚を作ってくださって、「おくたま文庫」が開店していないときでも本を手に取れるようにしています。
「おくたま文庫」の営業日は、“毎月第◯曜日”のような固定ではなく、「KIKORI CAFE TOKYO」さんから「今度の◯日休みます」とご連絡いただいて開店日が決まります。決定したら私のSNS(Instagram、note、X)でお知らせしています。
——岡村さんはZINEを作っていらっしゃいますね。
2023年(令和5年)、初めて文学フリマに出店しました。出店に際し、独立系書店(ひとり書店)を運営されている方にオンラインでインタビューしてZINEを作ったんです。
ブックカフェ新米の私が、先輩方に本屋を始めた経緯などを伺いました。みなさん、本屋の売上だけで生計を立てるのはなかなか難しく、副業をしたり、自宅を店舗にしたりとひとり書店ならではの悩みや工夫を伺い、とても共感しました。
じつは私、かつては大手メーカーで経理の仕事をしていました。学生の頃からの夢だったデザインの仕事を諦められず、会社を辞めて一からデザインの勉強を始めたんです。
前の会社を辞めるとき、すでに結婚していたので、夫は「えっ、なんで!?」とビックリ。夫には、このときも、そして「おくたま文庫」を始めたときもすごくびっくりさせたと思います。感謝しています。
——思い切りのいい岡村さん。
その姿勢が多くの人の共感を呼んで、何かあったら助けたいという気持ちになるんでしょうね。これからのご活躍も楽しみにしています!
取材・文:有川美紀子 撮影:押尾健太郎 編集:篠宮奈々子(DECO)
企画制作:國學院大學