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人格を否定されるのは身を削られるように辛い

意見のすれ違い

これは、私が悪いのだけれど、私はブラックユーモアが大好きだ。そうして、対人恐怖症だけれど、人を笑わせることが大好きだ。普段は笑ってくれるけれど「ともかず!ちょっと持って」そう言われる時もあります。

ブログのお題のように、人格を否定される訳ではないけれど「しまった、、」と思ってしまうのです。


今日急性上気道炎と診断されて、抗アレルギー薬を飲んでいます。そこまで、ぼんやりとしないと言われましたが、ぼんやりとします。風邪自体はだいぶ、その薬で楽になりました。


話が途切れましたね。ごめんなさい。私は人として否定されたことが、何度かあります。もう記憶にはないですが、辛すぎたから覚えてないのですが、人として否定することは、相手をあやめることに等しい。

そう私は考えています。だから私はどんな話も、倫理からずれていなかったら否定はしません。たとえ嫌味でも、相手がそれを使って私を笑わせたいと、判るのならば、私は笑いたい。

誰にも話してないけれど「私にはどんな話も、していいよ」話す時いつも、そう思っています。一生懸命に話しかけてくれるんだ。真剣に聞きたいじゃないですか。

私は一時期、それができなかった。いじめによって、強く心を閉じたのだ。元々自閉症もあり、人格を否定されることは、ナイフで刺されるように辛かった。それから、人に笑われている。バカにされている。けなされている。気持ちが悪いと思われている。

ありとあらゆる負の感情が、私をよぎったものです。その感情を、一つ一つ整理していくのは大変だった。今が35歳。18年かかって、ようやくまた、ユーモアを話したり、人の話を目を見て聞けるようになった。

自閉症は先天的なものであったらしい。社会不安障害になったのも、統合失調症と誤診されたのもわかる気がする。

何も恥ずかしくない

生きること、私達がこうして生きていること。それだけで立派だ。私は死を選んだ時もあった。けれども生きることができて、良かったと思う。今ようやく、幸せになれた。

次は、昔の私のように辛い人たちを、助けていきたい。私には何もできないけれど、noteで発信していくことはできる。

その発信をどこかで、誰かが見てくれている。だから、私は書いていきたい。noteに登録して、もうお気づきのかたもいるかもしれない。私はメンバーシップを始めました。まだ、未完成だけれど、きっと最高のメディアにしていきたい。

以前も話した。文章とはアートだ。アートとは芸術だ。芸術は人の心を動かす。気持ちを前向きにすることもできる。例えば道端に咲いている、たんぽぽの写真をみると、ホッとしないだろうか。

あんなに健気に、だけれども強く咲いている。私達も同じだ。健気に、そうして強く生きていきたい。そうすることで、私の幸せが他の人にも繋がる。私はそう信じています。

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