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私の世界〜ジェームズ・アレン『運命を変える7つの学びのステージ』より⑦〜

自己啓発や成功哲学に多くの影響を与えたと言われる
イギリスの哲学者ジェームズ・アレンの思想の実践本
『運命を変える7つの学びのステージ』から
一文を紹介しながら、私なりの考察を書いています

The one stage lesson 7
『住む世界が違う』ということは
『心の世界が違う』とううことです

方向の違う思い、レベルの違う考えで生きるそれぞれの心は
ステージの異なる場所に大きさの違う円を描くように
その世界が交わることはありません


『神様が見てる』と言われると、見守られているというよりも
悪いことしてないかー!?って監視のような意味合いを受け取りませんか?

だいたいこの台詞を言われる時って
何かをしでかしている時だからだと思いますが

その、しでかしていることの良し悪しを決めてるのって
誰なのでしょう?


「それを言ってる人」ですよね

その人が経験してきた世界、生きている世界
今までその人が言われてきたこと、思ってきたこと
つまり、その人の価値基準で判断されている


保育園で子どもが、室内でちょっと大きめの声で会話しながら
遊んでいる姿をみて
「楽しそうだな」って思う人と
「ちょっとハメ外してない?」って思う人といて
 
「どんなことしてるのか見てみよう!」と興味を持って
そこに近づいていくのか
「ちょっと静かにするように言わなきゃ」と思って
そこに近づいていのかで
かける言葉って全く違ってくると思うんです


私はクリスチャンではありますが、ある時、旧約聖書を読んでいて
神様が、自分に従わない人間たちを滅ぼしていくことに対し

神様って暴君みたい!まるでワンマン社長だ!
パワハラだ!こんな神様嫌だ!って反発して
全く聖書を読まなくなった時期がありました

クリスチャンであることも、すごく嫌になりました

でも、その後、聖書が書かれた時期の時代背景や
様々な聖書の解釈を知って

神様は悪いことをしたから罰を与えるというより
その人が幸せになる道を外れてるから
修正しようとしてくれているのでは?

と思ったりしたのです


幼稚園の先生になりたての頃
子ども達が喧嘩してて、片方泣いてると
泣いている子の方を無意識に庇ってしまいましたが

よーく話しを聞いてみると
泣いてる方がはじめに手出ししていて
それはやり返したくもなるね、と思えるようなことをしていて

最初に泣いている子を庇ってしまう無意識の行動には
気をつけねば!と思いました。

今は、怪我がないか確認したあとは
両方の話や周りの子の話を聞いてから
何が起こったかを把握して
それからお互いどうしたらいいか?を考えてもらうようにしていますけど

そんな風に無意識にやってしまっていることって
結構多かったりします
しかも無意識なので、それに気づかないことが殆どです

『神様が見てるよ』も、今は

それだけ高い視点にたって考えてみてごらん
ってことなのかもしれないと感じています

もし、神様の視点に自分が立ったら
どんな景色が見えるんだろう?

東京スカイツリーの下で見る景色と
634メートル上からみる景色は全く違うように

そんな風に、ちょっと視野を広くして

友達の立場だったら、彼氏彼女の立場だったら
同僚の立場だったら、上司の立場だったら
部下の立場だったら、家族の立場だったら

様々な点から考えてみる
きっと違う世界が見えてくる

そこは今まで自分が何も意識せずに毎日を過ごしていた時とは
違う世界が広がっていて

そんな風に毎日が少しずつ違う世界になっていくと
関わる人も環境も少しずつ変わって
ある日、あれ?自分の周り変わったなって思うようになる


一度、自分の親しい人や周りをみて、どんな話をしているのか
どんな行動しているのか観察してみてください

それが今の自分の心の在り方であり、心の状態です

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