178.一見さんの疎外感
だいぶ前に長女(小5)の友だちのママに美味しいとオススメされた近所の小さな焼肉屋に行った。
ほんとに地域の小さな焼肉屋できっと近所の人が好んでくるのだろうと思う。
入口からは想像が出来ないが、中は奥行きがあって思ったより広かった。(とはいえアルバイト2人くらい居れば間に合うほど)カウンター席5〜6とテーブル席4つ座敷2つくらいのこじんまりのお店。
カウンターには常連さんらしき人たちが厨房の人(たぶんオーナーさん)と楽しそうに話をしている。
そのうち、その常連さんは自分でビールを注ぎだした。「いいよ。自分でやるから」
そんな感じだったとおもう。
「忙しそうだから自分でやるから」という常連さんの優しさなのだろうか、はたまた常連さんの優越なのだろうか。それはわからない。
そのうちビールの樽がなくなり常連さんらしき人が樽まで交換して運んでいた。
けれど、一見さんのわたしから見るとあまり良い光景ではないと思うのは、わたしが心が荒んでるから?
そういうのって、いくら仲良くてもしないほうが良いと思う。どうしてか、外野は小さい感情だけど疎外感を感じて居心地が悪くなってしまうと思う。←わたしだけか!
なぜか、そっちにばかり気を取られて、お肉が美味しくなくなり(気にせずにご飯を食べれば良いのだけど!笑 狭い分人間観察が行き届いてしまうわけです。)
なんでこんなことをここで書いたかというと、
わたしの得意のばななさんの本でこんなことを書いてるのを見つけて、真っ先にこの焼肉屋さんを思い浮かべてしまったからなのです。
わたしのモヤモヤは上記によって解消されました。
その焼肉屋さんのオーナーさんもお客さんとの線引をちゃんとすればこうはならないのに、もったいないなあ。
こういう小さいことって実は重要だったりするんですよね。
住宅街の中の小さな焼肉屋さんも切実な何か事情があるのだろうとは思うけれど。
言わずもがな、わたしたちは2度とそこのお店に足を踏み入れることはないだろうと思う。