102.人間対人間の闘いだ
子供だろうが大人だろうがそこは譲れない。
そこは
人間対人間
の闘いだ。(なんの?)
本気でぶつかっていくぞ。かーちゃんは。
いくら反抗期であろうが、
感情をコントロールできずにいー!ってなっていようが、
相手の表面だけしか見ずに、自分の感情のままに苛立ちをぶつけるのは、違うと思う。
相手は子どもだといっても、
そういうことの想像力はあってほしいと願うから。
(自分のことを棚に上げすぎだけど)
今は難しくても、だんだん練習を重ねて、そっちの方へ持っていけるように。
ちゃんと気づいていけるように。
そういうことの想像をする手助けを少しでもできればいいと思う。
何も分からないでいるよりは、
こういうときはこう考える事もできるという、何通りもの考えがあると、壁にぶち当たらずに、すんなり通っていくことができるかもしれないから。
感情って複雑だから、逃げ道がないとすぐ行き詰まってしまう。
頭でっかちにならずに柔軟に他人のこともちゃんと見られるように。
気を使えって言ってるわけじゃないの。
空気読めって言ってるのではないの。
どうしてこの人は
こう言ったんだろう?
こういう行動をしたのだろう?
の相手の奥の方をちゃんと見られる人になって欲しいとおもう。
例えば誰かにプレゼントをもらったとしたら、その誰かがプレゼントを一生懸命選んでくれたことをちゃんと想像できるような人になること。
給食を食べれば、作ってくれている人たちが毎日朝早くから作ってくれている。
みんなそれぞれに一生懸命生きているということをちゃんと想像してほしいのだ。
わたしはもっと早く知りたかったし気づきたかったなあ。
あまりにも何も考えずに生きすぎてしまったから。
そのようにできるように努力することを、もっと早くからしていたかった。
なので生きていく上で必要だと思うことは全部教えていこうと思う。
伝えるのも親の役目だ。
だから、その相手が子供だろうと、大人だろうと、人と向き合うときはそんなことは関係ないのだ。
これは譲れないわたしの信念だ。