【連載】家族会議『子供がぐずる理由とは?』
「親戚で一番幸せな家族になろうよ」のひと言から始まったわが家の家族会議。その様子を、録音記録をもとに書き記しています。
前回の記事はこちら。
家族会議4日目#1|子供がぐずる理由とは?
――2000年1月19日。家族会議は4日目に突入した。ここ数日は、父と母の幼少期を振り返りつつ、「親にしてもらいたかったこと」を話してもらっている。
4日目は、母がふと思い出した、「母親に言われて嫌だった言葉」の話からスタートした。
母:昨日の続きで思い出したことあるんだけど、親にして欲しかったことじゃなくて嫌なことかな。
おばあちゃんよく『ぐずもず』って言うのね。
わたし:ぐずもず?
母:グズグズ言うみたいなこと。「子供がぐずもず言って」とか「ぐずもず言ってる」とか、なんかすごくそれが嫌な言葉だったなって。
――父と母は岩手県出身。『ぐずもず』は東北弁の『ぐずらもずら』の略で、ぐずぐずしてハッキリしない様子を指す言葉である。
祖母は主に、子供が駄々をこねるときに『ぐずもず』と言うらしい。
母:ある意味さ、小さな子供が甘えてるわけでしょ?
「そういうのやりたくない」とか「行きたくない」とか。親がやろうとすることとは違うことを言ってる。
親からしたら困る行動かもしれないけど、そこんとこが、その子の何か思いがあるから言ってるわけでしょ。それを『ぐずもず』ひと言で片付けるって、全く子供目線じゃなくて親目線ていう感じ。
わたし:そうだね。
母:とにかく親の思う通りに子供がならないことに対して、そういう言葉で片付けるっていうのが…。
この言葉聞くと、それって駄目なことみたいじゃない?
わがまま言うのが駄目なことみたいじゃない?
――母の幼少期は時代背景的にも、子供の気持ちがないがしろにされがちだった。
大人の都合に合わせた行動ができるかどうかが基準で、できれば良い子、できなければ悪い子と評価されるのだ。
そこには親の気持ちしか考慮されていない。
わたし:おばあちゃんもさ、おばちゃん目線で迷惑してたから言ったんだろうけど。おばあちゃんも余裕がない人だったのかね…。
母:それはそうだよね。おばあちゃんのことで余裕がないって言葉で思い出すのは、実家(祖父の実家)の田んぼを手伝ってたこと。もう結婚したときから当たり前みたいに朝から晩まで。手伝うっていうか1人の稼ぎ手として行ってるって感じだったから。
その間にわたしや弟が生まれるでしょ。で、朝父親が会社行った後、わたしたちを連れて実家に行って、わたしらをおばあちゃん(母の祖母)に預けて田んぼに行くって感じだったから、時間が決まってたと思うんだよね。
その時間に子供が準備出来なかったりするでしょ。そんなときに、よく叩いてたって。わたしらを。
わたし:そうなんだね。
母:だから余裕なかったっていうのはそうだと思う。
おしゅうとさんたちが待ってるし、一緒に働いてるお兄さん夫婦も待ってる。遅れないようにっていう感じで。
わたし:そういうシーンはありがちだよね。どこの家でも。
予定に間に合わせなきゃっていうときに子供って、うまく動いてくれないっていうかさ。それでイライラするみたいなのってありがちかなって思うね。
――親が焦っていたりイライラしてたり、急がなきゃ!となっているときほど、子供は反作用のように構ってほしい気持ちになってしまう。
きっと子供は、『ぐずもず』して気を引こうとしてるだけ。でも、ぐずもずすればするほど、親の気持ちは離れてしまうのだ。そんな悪循環が、家庭では生まれがちだと思う。
ただ、祖母は当時のことを、悔やむ気持ちがあるようだ。
母:よく叩いたって母親から言われたの。「悪かったな」みたいなこと言われて。
わたし:そうなんだね。悪かったなって思ってるんだね。
母:思ってるみたい。何回かその話は母親から聞いてるから。
わたし:悪かったなと思うってことは、やっぱり自分に余裕がなくてそうしちゃった。本当はそうしたくなかったってことだよね。
おばあちゃんに後から悪かったなって謝られて、なんか気持ち的には軽くなったりしたわけ?
母:どっちかっていうと、叩かれたのは覚えてなかった。
わたし:覚えてなかったのか。聞いてショックだったみたいな感じ?
母:ショックというよりは、そっか。そうなんだ。そうだったんだ。みたいな感じ。余裕のなさみたいなのを感じたっていうか。
なんかとにかく今日はあの『ぐずもず』思い出して嫌だな、あれ嫌だったなって。子供目線だったら出てこない言葉なわけでしょ。
わたし:そうだね。
おばあちゃん自身も、子供の頃そういう育てられ方してきてるんだろうね。時代的に考えても、遡っていくとみんなそういう悲しい思いを抱えながら、そういう教育を受けて、そういう子育てを受けてきたから同じようにそういう子育てをしたんだろうね。
母:中にはそうじゃない人もいるかもしれないけどね。反面教師になる人もいるだろうし、知らず知らずにやってしまう人も…。
- 今日はここまで -
気持ち、心を大事にしようという考えが知られるようになったのも最近だ。
子供の気持ちどころか、自分の気持ちさえも大事にされてこなかった時代があった。というより、今は過渡期なのだろう。
両極端の考え方をもった人々が混在して生きているのだ。
それが今の、なんとなく生きづらい社会の要因のひとつだと思う。人それぞれに考え方があっていいのだが、気持ちをないがしろにしないことは絶対条件だ。
気持ちを大事にすれば、自分にとって、子供にとって、なにが大事なのかもおのずと見えてくるはずだ。
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