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【連載】家族会議『奥ゆかしさに隠すもの』
「親戚で一番幸せな家族になろうよ」のひと言から始まったわが家の家族会議。その様子を、録音記録をもとに書き記しています。
前回の記事はこちら。
家族会議5日目#3|奥ゆかしさに隠すもの
――幼いころ、母親のフラストレーションのはけ口にされていた母。当然、子供のときにそうだとは気づかなかった。
でも子供というのは、言葉と感情に矛盾があることを敏感に感じ取るものだ。
母:
あとさ、思うのは、自信をなくす。これも自分もやっているかもしれないんだけど自信をなくすように育てられたよね。ことあるごとに。
わたし:
どういうところで?
母:
自信をなくすようにっていうか、自分からしないようにって言ったらいいのか。
わたし:
先回りしてやっちゃうみたいなことね。
母:
うん、それもあるし、例えば就職のときに、あんまり考えてもいなかったけど、東京とかに就職とか、「東京は怖いとこだよ」とか。
わたし:
あーうんうん。
――親は日ごろから、教育という名の洗脳をしている。子供に偏った価値観を植え付け、親自身の希望に添うように仕立てあげてしまう。
こういった教育を、やりがちだと思う。
母:
同じようなことやってる気がするんだけど。なんか、いや、本当これ、いたるところにね。同じことやって…。
自分では全然意識してなかったけど、東京は怖いっていうか。怖がらせるというか。積極的に何かをするんじゃなくて、何かをしないほうに、そんな言葉から長い間に仕向けられてた気がする。
わたし:
そうだね一緒だよね。昔ってそうだったのかわかんないけどさ。
――祖母も母も、そもそもは世話焼きだ。だから積極的に世話を焼いて、子供の成長を奪ってしまうようなところもある。
でもそれだけじゃなくて、意図した方に仕向けることもある。それは自分勝手な願望だと、自覚しているからかもしれない。都合が悪いからハッキリとは言わないのだ。
母:
目立たないようにというか。例えば成績が良かったりしたとき、喜んでた感じはするんだけど、でもそんなに手放しですごく褒めてくるとか。っていう感じではなく、ひっそり喜んでる感じ。あんまり喜ぶことを表に出さないっていうか、なんかそんな感じはしたな。
わたし自身もそれを言われてたからか、そういう雰囲気だったからか、自分が例えば成績良かったりすると、おじいちゃんが喜んでどっかに行って喋ったりする。それを後で誰かに言われたりすると、「なんでそんなこと喋るのかしら」みたいに怒ってた。うち帰ってきて。
わたし:
そうなんだ。おじいちゃんはうれしくて喋っちゃった話ってことだよね。
母:
おじいちゃんはね。
でもそれを言われるのが嫌っていうのは。半分嬉しかったのかよくわかんないんだけど、うちに帰ってきた母親に言って、一緒になって怒ってたりした。
なんだろ、前に出るんじゃなくて引っ込むというか。引っ込んでればそんな、なんかには合わないかもしれない、大変な思いもしないかもしんない。
不安かな。不安から来るのか。なんか、小さくまとめて終わらせようとしてる感じで。言いながらまったく同じことしてるな。
わたし:
そうだね全く同じだよ。
母:
なんでなんで?今頃なんで気付くの?
――なんでなんで?と言う母がかわいいと思ってしまう。笑
自分がされて嫌だったことは子供にしたくなかった。その思いは確かにあった母なのに、同じようなことをしてしまった。
そもそも、されて嫌なことにも、偏った考えということにも気づいていないからだ。それが親による、正当化された偏見なのだろう。
わたし:
まったく同じだよね、うちも。お母さんだけじゃなくてお父さんも、そうだよね。だから昔ってそうだったのかなって思った。
はっきり言わないみたいな。
母:
そうだね。
わたし:
遠まわしに諦めさせようとするわけじゃん。わたしの大学の話もそうだけど。
――わたしが大学に行きたいと希望したときも、本音や事実は言わずに、なにか納得感のない理由で言いくるめられたのである。
わたし:
なんだろう。なんかはっきり言わない方がいい。はっきり言わない美意識みたいな?
母:
うーん。少しあったような。
――先日、読売新聞の『編集手帳』で読んだのだが、むかし日本女性の化粧は、きれいに見せるのではなく「表情を隠す」ことを目的にしていたそうだ。
「表情をあらわにしないのが上品」という考えだったのだとか。
表情をあらわにしないということは、感情を表に出さないということである。気持ちを表現しない文化が、確かに日本人の意識の中に刷り込まれていたのだろう。
わたし:
ある意味さ、気持ちをあんまり言わないような時代だったわけじゃん。だからそういう意味では、わからなくはない流れっていうか。そういうことをはっきり言わないというのも。
でも結局これは、親の都合なわけで。子供のためを思ってはっきり言わないっていうよりは、都合を隠すために遠まわしにはっきり言わない。それが気持ち悪いっていうことだよね。
母:
自分の本当の気持ちを言わないでね。
- 今日はここまで -
表情を消す。気持ちを消す。そして相手に想像させる。察する文化も、こうした背景があるのだろう。
だけどそれが「奥ゆかしい」と言われたのは、奥に美しい感情があるからだ。そこに都合の悪いものが隠されているとすれば、嫌な気持ちにしかならない。
「奥ゆかしさ」は、いつしか「都合の悪い感情を隠す」ために都合よく使われるようになったのかもしれない。
<次回に続く>
これまでの家族会議記事はマガジンにまとめています。お時間あればぜひ、わが家の会議をのぞきに来てください!
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