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【連載】家族会議『しでかしたことの自己正当化』
「親戚で一番幸せな家族になろうよ」のひと言から始まったわが家の家族会議。2020年1月6日から約4ヶ月に渡って行った会議の様子を、録音記録をもとに書き記しています。
前回の記事はこちら。
【家族構成】
父:自己愛性パーソナリティ障害。頭に血が上ると大声で威圧する。
母:自己肯定感が低い。自分の意見を言えない。
姉:うつサバイバー。心理カウンセラーをしている。
わたし:性犯罪サバイバー。家族会議を主導する。
※遠方に住む姉は家族会議には参加していない。
※家族会議の目的は、夫婦仲の改善と、うつを抱える姉の気持ちをわかってあげられるようになることである。
家族会議23回目#6|しでかしたことの自己正当化
――この日の家族会議は、「姉の気持ちをわかる」ことをテーマに話し合っている。
ここまでの家族会議では、父が「幼少期に父親から受けた理不尽な教育を、姉に対して腹いせとしてやった」ことについて話し合ってきた。
だけど父は、「父親から受けたものの腹いせを、自分の子供にする意味がわからない」「そもそもそれが、腹いせするほど嫌だった感覚がない」というから、あれやこれや、いろんな角度から説明を試みているところだ。
――ここまでが前回。
母:
習字の話(父が自分の父親から、理不尽に習字の練習をさせられた話)は、今までも何回か聞いてたよね。前から何度も。やっぱりそこに、お父さんの気持ちが隠れてるんじゃないかなって感じがするよね。
いろんなことがいっぱいあった中で、やっぱり大きな、覚えてることの一つだと思うのね。いくつかあると思うけど。
父:
なんかその表現にものすごく抵抗があるんだよ。何か悪いものが隠れてるって感じが強調されてるような気がしてさ。
母:
悪いものっていうか‥‥いや、感じることってさ、悪くも良くもないんじゃない?人が感じたことだよ?いい悪いつけなくていいんじゃないかな。正直に感じたことを
わたし:
もう紙が真っ黒になってるからどんな字を書いてるかもわからないのに、さらに書かされて「そうじゃない」とかって言われるのって、なんていうか理不尽だよね?
父:
理不尽なところは理不尽なんだけど、そうやってトレーニングしたおかげでまともな字かけるようになってきてるわけだよ。
わたし:
そう、だからその「だけど」はなくてもいいでしょ?って。一旦。
父:
一旦はな。
わたし:
理不尽だよねこれはって。
父:
そういうふうな持っていき方されるから「だけど」になっちゃうんだよこっちは。
わたし:
前からそうだもんお父さんは。そうじゃなかったときないぐらい。常にそういうのがセットになってくるから、一旦外して、これは理不尽だよね?って。
そうやって練習したから上手に書けるようになったとか、それはもちろんあるんだけど、理不尽だけをクローズアップしたらどんな気持ち?っていうのを、一旦、深く見てっていうこと。
父:
ゔーーーん。重症だなこりゃ
わたし:
わたしが?
父:
いや俺が。
――たぶんわたしに重傷だと言いたいんだろう。ああいえばこういう。話が通じない。こりゃ重症だな、と。
わたし:
理不尽なことって、嫌な気持ちになることだと思うんだけど、その嫌な気持ちを感じないようにするためにどうするかって言ったら、「でもおかげでこうなれた」とか、いいエピソードに転換する。
父:
ちょっと待って。理不尽っていうのは確かに理不尽で嫌なことなんだけど、理不尽って世の中いっぱいあるじゃん。
わたし:
うん。いっぱいあっても嫌だよね?理不尽なことって。
父:
うん。嫌だけども、このいっぱいあるやつをどうすればいいわけ?(イラ)
わたし:
それは理不尽で嫌なことだって、まず感じるってことだよね。
父:
感じる‥‥
母:
本当は、その度に表現できれば一番いいんだよね。だけど、それをしないことの方がもちろん多い。多いよ?今まで生きて‥‥私なんかもそうだし。でも本当は、その理不尽なことを表現できれば
わたし:
感じて、感じて嫌だったら表現したり、言い返したり、次の行動に入っていく。だけど、我慢すると何も起こらないよね?自分の中で我慢するだけで。
父:
うん。で?現に親父のときだとさ、抑えるしかないでしょ?爆発できる?
わたし:
いやわかるよ、抑えるしかないと思う。
父:
それで?
わたし:
だからそのときに、すごい我慢したってことだよね?って、抑えたってことだよね?って。
父:
すごいかどうかは別にして抑えてるよねえ?
わたし:
その抑えた気持ちって何だったんだろうね?っていうのを思い出そうよって。
父:
抑えたときの気持ち?そりゃあ理不尽だから嫌だろう。だけども、年上だし、反抗もできないと。じゃ我慢するしかないなと。
わたし:
悔しい思いとかもしたんじゃない?
父:
うん、そのときはそんなロジックは作れなかったけれども、そういうことなんでしょうね。
わたし:
悔しいよね?年上で、父親なだけで理不尽なのに言い返せない。言い返せない自分も悔しいし、親の立場を利用して理不尽なことを言ってくるのだって嫌だし。
でも育ててくれてるし、面倒を見てくれることもいっぱいあるし、優しいときもいっぱいあるし。
それってさ、すっごい複雑な気持ちだと思わない?むかつくし感謝もしてるってさ。
父:
いや。それは今思えばでしょ?そのときそんなこと考えないじゃん。小学校のとき、感謝もしてなんて。
わたし:
だからそのとき本当は、言葉にならない、感情にもならない気持ちを感じてはいるんだよね?感じてるというか、あるの。あるんだけど、感じるところまでいってない。
父:
今だと確かにね、理論的に説明できるよ。だけどそのときに、そんな高級な考え方が浮かぶか?って。
わたし:
いや、もちろん浮かばないけど
父:
浮かばないよなあ?
わたし:
浮ばないよ?だからそれを今、そのときの気持ちを感じて、代弁してあげるって感じかな。
父:
ふ~ん。
わたし:
言葉にならない、まだ言葉も上手に喋れない、言葉を知らない子供に代わって気持ちを感じ取って、大人になった今、適切な言葉で、そのとき感じたことを表現してあげるって感じ。
だから、まずはそのときの気持ちを感じ取る必要があるってこと。
父:
そしたらうちの親に対しては、今の俺が小さいときの俺に代わって、親父に対して対等に言い合ってみると。いうことで、何かわかりそうな気がするんだけど。
一方で、お姉ちゃんに対する仕打ちだよな?俺がした。それが?
わたし:
だからそれが、今、「本当は親父に言えばよかったんだ」って、今わかったかもしれないけど、今までは、自分がそのときにそんな悔しい思いをしてたことすらわかってなかったわけじゃん?だけどあったんだよね?
父:
うん。事実としてね。
わたし:
事実として。それがもう、本当に無意識に、お姉ちゃんに腹いせとして出しちゃったってことなんだよね。
どっかで理不尽さに嫌な気持ちもあったし、仕返ししたいとまでは思ってないだろうけど、どっかで仕返しをしたかったってことだよ。
父:
ということはあれか?今親父の例を出してるんだけど、こんな例っていうのは親父じゃなくてもあるはずだよな。
わたし:
もちろんそうだね。
父:
それを子供にぶつけると。いうこともありうるわけだよねえ?
わたし:
そういうこともいっぱいあったと思う。今のは、たまたま同じ習字のエピソードなだけで。
父:
そうそうそう。
わたし:
だからもっともっと、意味不明で理不尽なことで、お姉ちゃんは腹いせされてると思うよ。
父:
それだったらあるわ。だからそこを言うとね‥‥チッ(舌打ち)
わたし:
それをやってしまったことが、どんな大変な問題か、どんなことをしたのかをまずわかる必要がある。けど、もうそれは取り消せない。だからお姉ちゃんがわかってほしいのは、そのときにお姉ちゃんがどんな気持ちだったか。なわけよね。
そういった腹いせだったり、自分には全く関係のないことで、何が理由かもわからず怒ってる。そういう人から何かをぶつけられる。しかも子供だよ?
何も言い返せない幼い子供が、そういう理不尽な怒りをぶつけられたときに、どんなことを感じてたかっていうのを、お姉ちゃんの立場に立ってわかるっていうこと。
だからお父さんだったら、自分が子供のときに、父親が意味もわからなく怒ってたとき、どんな気持ちだったかっていうのを考えるのが、近いかなとは思う。
母:
自分の気持ちがそのまま全く同じじゃないかもしれないけど、少年だった自分が感じたことと、同じようなことをお姉ちゃんも感じた。
だから大人になったお父さんがよくよく感じてみて、そこで初めて「お姉ちゃんもこんな気持ちだったのか」ってなることをお姉ちゃんとしては望んでるっていうか。それが「わかってもらえた」っていう実感に繋がる。
父:
うん。ちょっと待って、頭混乱してきた。
今、親父と俺とお姉ちゃん、この関係になってんだけど、これは小さい頃だよな?俺が。そういう関係があったのは。それを大人になってから(子供に)やったと。だけど理不尽なことをやったっていうのは、小さい頃も大きくなってからも有り得るわけだよ。
だからストレスを溜めて帰ってきて、例えば、お母さんに対してぶつけてるしバンバン。泉にもぶつけてるし、お姉ちゃんにもぶつけてる。だよな?同じことを。小さいときと同じことをやってるわけ?ということになるよね。
わたし:
いや、小さいときはできなかったことだよね?ぶつけるって。他の人にぶつけるっていうことすらできてなかったんじゃないの?小さいときは。
父:
小さいとき?え?だって大きくなってからやってんじゃん。俺が。
わたし:
だから、小さいときにはできなかったことだよね?
父:
できなかったけど
わたし:
大きくなって、自分が上の立場になったから、今やってるってことなんだよね。全部。今までこの年まで生きてきた理不尽への腹いせを。
父:
上とか下とか関係なくさ、ストレスを抱えてきて、うちに帰ってきて、うちの誰かれとなくぶつけてると思う。
わたし:
うん。だからそれを、自分より弱い立場の人にやってきたってこと。
父:
うん、うん、うん‥‥
わたし:
おばあちゃん(母親)がいたとして、おばあちゃんにはやらないでしょ?
父:
同じだよな?小さい頃のあれと。違うの?
わたし:
だから小さい頃はぶつけてないでしょ?って。
父:
ぶつけてないけども、感じてるでしょ?「ぶつけられた」って、大きくなってもぶつけられて感じてるんだよ。
母:
ああ、職場でとかね。
わたし:
うん、感じることは同じ。
父:
同じだよなあ?それで、大きくなってからは出せると。で、小さい頃のやつを出せなかったから大きくなってから出してる
わたし:
そうそう。
父:
そういうことでいいのかな?
わたし:
そういうことでいいけど、出せるっていうのも、いい出し方じゃないんだよね?本来であれば、ぶつけてきた人に出すのが普通なわけ。
父:
うん、はいはいはいはい
わたし:
だけどぶつけてきた人には、大人になっても出せないわけよ。だから、そうじゃない人たちに出す。
父:
うん、はいはい
わたし:
っていうのをやってきたってことだよね。
父:
うん。いや、やってきたって言われても。俺もつらいな。
わたし:
ま、その被害者ってことだよ。お姉ちゃんがね。
父:
これ世の中普通じゃないの?
わたし:
多いと思うよ。
父:
だよな?
わたし:
多いと思うけど普通じゃないし、全然いいことではないよ?
父:
普通じゃない‥‥。普通なんだけど、正しくはないってことなんだろ?
わたし:
ま、そうだね。普通‥‥普通っていうか多いだけで、普通‥‥ではないね全然。ただ、そういう人は多い。だけど普通ではない。おかしいことだと思う。
母:
おかしいとも思わずやってる人が多いってことだよね。
父:
そういうことですか。
わたし:
で、そういうことをやられた側の気持ちを
父:
考えなさいってことなんだな?
わたし:
そうだね。それが、お姉ちゃんの気持ちをわかるってこと。だからそれをわかるには、自分の子供の頃の気持ちを感じてみるのが近道じゃないの?って言ってるの。
― 今日はここまで ―
頭が混乱してくるのはこっちのほうである。
父は自分が何を言っているのかすら、もうわかっていないのではないか‥‥。
言っていることが矛盾してようが、自己正当化に躍起になっている。
これもまた、自己愛性パーソナリティ障害。ということなのだろう。
<次回に続く>
これまでの家族会議記事はマガジンにまとめています。お時間あればぜひ、わが家の会議をのぞきに来てください!
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