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トランプ、Qアノン、ディープステートとタコ壷社会

アメリカ大統領選をめぐって、知り合いの間で意見が割れている。「トランプなんて最低!不正選挙などなかった」という人もいれば、「最後はトランプが勝つ!彼こそ救世主だ!」という人もいる。あの議事堂乱入事件もあり、ずっとモヤモヤしてきたが、最近やっと本質が見えてきた気がする。

僕はだいぶ前から、アメリカの軍産エスタブリッシュメントに関心があった。いわゆる「ディープステート」だ。いろいろネット記事を見てきたけど、その中には真実もたくさんあったと思う一方で、「ディープステートはレプティリアン(ヒト型爬虫類の異星人)だ」というような荒唐無稽なものもあった。

エスタブリッシュメント への攻撃が、なぜこんなに強まっているんだろう?そう思って、いろいろな記事や本を読んでみた。その中で、アメリカ研究者・越智道雄先生(明治大学名誉教授)の「アメリカン・エスタブリッシュメント 」(NTT出版 2006年)がとても参考になった。
越智さんによれば、20世紀以降のアメリカの歴史はエスタブリッシュメントと地域資本の争いの歴史だったという。ざっくり言うと、エスタブはWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)とロックフェラーなどユダヤ金融資本が主体で、リベラル・中道、国際協調主義、人権や多様性を重視、政党では民主党の主流派で、支持基盤は東部と西海岸。西海岸のIT産業のほか、メディア産業や映画産業もユダヤ系が多くエスタブ寄り。一方の地域資本は地方の産業資本(石油、国防、アグリビジネス、不動産業など)が主体で、アメリカ一国主義、銃規制反対、同性婚反対や移民排斥など右派・反共、石油産業があるから温暖化懐疑論、政党では共和党で、支持基盤は中南部。
かつてユダヤ系は土地所有を禁じられたため金融に活路を見出したわけだけど、その金融資本とつながってるエスタブは、金融界の代表が政権に入って任期が終わると本業に戻る「パワー回廊」をつくり、自分たちに有利な経済・金融政策を実現してきた。一方の地域資本は実業だから、モノづくりせずに頭脳で金儲けする都会のエスタブを苦々しく思ってきた。だから彼らは昔からエスタブの陰謀論を唱えがち(ユダヤ陰謀論)だったし、マッカーシーやニクソンによる「赤狩り」も、左翼の多いエスタブを排除する企みだった。
大統領でいうと、クリントンやゴア、ルーズベルト、トルーマンなどはエスタブ系で民主党。ニクソンやレーガンが地域資本・非エスタブで共和党。ブッシュ家は元々エスタブだけどテキサスの石油資本と結びついて地域資本に溶け込み二股をかけ、911以降はネオコンとともに愛国者を装って中東で戦争をしかけ、中南部に多い蒙昧なキリスト教右派勢力を取り込んだ。ちなみに日本占領の司令官だったマッカーサーは地域資本系(非エスタブ)で、独断で朝鮮戦争を拡大しようとしたため、国際協調をめざし中国やソ連の参戦を恐れたトルーマンや周囲のエスタブに嫌われ、解任されたという。
外交=国務省は主にエスタブが抑えてきたので、ジャパンハンドラーもエスタブの意を受けて動いてきた。どちらが平和主義というわけでもない(日本に原爆落としたのは民主党エスタブのトルーマン、イラクに難癖つけて攻撃したのは共和党のブッシュ)けど、日本からみれば対米従属の相手は軍産エスタブということになる。(軍需産業には地域資本系もいるので、軍はエスタブ・地域資本の両方とつながっている)
で、トランプは地域資本の中の新興勢力。政権にゴールドマンサックス出身者を迎えるなどエスタブにも目配りして政権運営してきた。今のネット上でのトランプ擁護のキャンペーンは、Qアノンも含め、地域資本側がエスタブをやっつけようとして、昔ながらの陰謀論の新バージョンを展開しているのだと思う。だから赤狩りよろしく左翼攻撃をするしマスメディアを敵視するのだ。そうした情報がネットを介して急速に浸透してしまっている。トランプは、支持者には保守的な富裕層に加えて非インテリの貧困層が多い。だから彼は民衆の味方みたいなことを言うが、実際には金持ち向けに相続税を廃止し国民皆保険廃止を主張してる。トランプ支持者たちがエスタブ(「ディープステート」)を悪魔の手先呼ばわりしてトランプを救世主みたく持ち上げるのは、かつてブッシュがフセインやタリバンを悪魔みたいに言ってキリスト教右派の喝采を浴びていたのによく似ている。キリスト教右派の好む「光と闇の闘い」みたいな二元論や終末論がスピ系も惹きつけているのだけど、それは妄想にすぎない。現実はもっと入り乱れているのだ。
今回の議事堂乱入の映像やネットでのやりとりを見て、僕は30年近く前のオウム真理教事件を思い出した。当時、オウムや統一教会などのカルト宗教は若者たちを部屋に閉じ込めて一方的に教義内容の情報を浴びせて洗脳したが、今は狭いサティアンに集めて洗脳しなくても自宅で進んでネットの「エコーチェンバー」にはまって洗脳されてくれる。陰謀論のタコ壷だ。アクセス数を稼いでアフィリエイト収入を得ようとするサイトが乱立し、どんどんタコ壷にはまる人が増えていく。
人は「物語」を求めてしまう生き物だ。今回、アメリカも日本も新型コロナで多くの人が不安に駆られていることで、荒唐無稽な陰謀論の物語に「よりどころ」を求めてしまう人が続出しているのだと思う。
もっとも、僕はエスタブを支持しているわけでもない。エスタブは国内向けには紳士的でリベラルだし、気候変動対策が進むのは歓迎したいけれど、彼らも実はベトナムなど海外では戦争を仕掛けてきた面があるし、新自由主義グローバリズムを広めて世界的に格差を拡大させてもきた。
エスタブも地域資本も、どちらの巨大資本の支配も御免こうむりたいし、人類はそこから脱するべき時に来ている。地域資本でもエスタブでもないサンダースやオカシオコルテス、さらには気候正義やBLMなど、自由で公正で持続可能な世界を求める世界中の草の根のムーブメントを応援したい。そういう意味では、エスタブのバイデン新政権にはサンダース一派が協力しているし、気候変動対策に力を入れそうなので、トランプよりは数段マシだとは思う。頭が良いエリート特権階級が利権を独占するのは嬉しくはないけど、頭がおかしいカルト右翼が取って変わるのはもっとイヤだ。

ちなみに日本でもトランプ支持の人がけっこういるが、そこにはいくつかの流れがある。反共右派としてシンパシーを感じてるネトウヨ、軍産複合体や対米従属や既得権益層や金融資本に反感を持つリベラル、キリスト教的二元論や終末論に惹かれたスピリチュアル系、トランプのマッチョで開き直る感じが好きな人、それらのアクセスを稼いでアフィリエイトなどで金儲けしたい連中、など。情報を拡散してる法輪功や統一教会といった右派カルトも反共。あと藤原直哉さんや田中宇さん、さらには副島隆彦さんやベンジャミン・フルフォードさんなど、けっこう頭いい人たちにも対米従属構造などへの疑問からこっちに行った人たちがいて、その影響も大きいと思う。

今回のトランプ支持の陰謀論は、政治+宗教勢力によって意図的・組織的にネット空間にばら撒かれた、コロナのような情報ウイルス=ミームなのだろう。免疫力が低くて感染した人たちも悪気はないのだし、特効薬はないけど、対立したり排除したりはしないで回復を待ちたい。生き物として自然や大地から英気もらえば回復も早いかと。
そして僕らはウイルスからソーシャルディスタンスを保ち、感染拡大を防ごう。社会の分断と暴走を防ぐには、みんなが距離を取って冷静に俯瞰できるようになることが必要なのだ。


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