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Vol.6 30代後半:こゝちよが大きく成長を遂げた時期
移転開業のスタート
2014年10月25日、新しい店舗を正式にオープンしました。仮オープンを経て、この日が記念すべき本格始動の日でしたが、初日の来客はわずか1〜2組。派手なスタートを避けたのは、オープン景気で多くの人に来ていただいても、まだスタッフや調理が万全でない中で対応することが怖かったからです。
移転後の目標は、「鱧とふぐで淡路島No.1」。リピーターを大切にしながら、新規のお客様はインターネット広告で集客する。そんな戦略を立てていましたが、最初の数ヶ月はお客様も少なく、仕事が終わると海辺を散歩する日々が続きました。「このままで大丈夫なのか?」という不安を抱えながら、それでも進むしかないと思っていました。
でも、ふと気づくと「海辺を散歩する余裕がなくなっている」自分がいました。少しずつ忙しさが増し、以前のように暇な時間が減っていったのです。小さな成功が、確実に自分を前進させていました。たとえば、お客様から「美味しかった」という声が増え、リピーターが少しずつ増え始めたこと。お客様に「こゝちよが評判だよ」と言っていただけた瞬間、進んでいる道が間違っていないと感じられました。
ミシュランの調査員来訪
2015年2月、ホールスタッフから「お座敷のお客様が話したいことがある」と呼ばれ、黒いスーツを着た男性二人が私を待っていました。彼らはミシュランの調査員で、兵庫県特別版のガイドブックを発行する計画があると言われました。
正直、星を取るなんて全く考えておらず、質問に対して答えるだけでした。それからしばらくして、2015年10月にミシュランから授賞式への招待状が届きました。神戸ベイシェラトンで行われるパーティーに参加することになりましたが、星を取るなんてあり得ないと思っていたので、単に勉強のために行くつもりでした。
しかし、現地で親しい蕎麦屋の大名草庵のご主人が「おめでとう。星がついてるね」と言ってくれた時、驚いて自分の名札を見ると、確かに1つ星の印がついていました。
「心が跳ね上がり、頭の中が一瞬で真っ白になった瞬間でした。まるで夢を見ているかのように感じ、壇上に呼ばれた時はまさに足が震えていました。」 その場での喜びと驚きは計り知れませんでしたが、一方で「自分がこの場所に本当にふさわしいのか?」という疑念も生まれました。もっと真摯に料理に向き合っている人がいるのではないか、という葛藤もありました。
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プレッシャーと成長の気づき
ミシュランの星を獲得したことで、お客様の期待値は急激に上がり、それに応えようと自分を追い込み、スタッフにも多くを求めました。
「忙しくなるにつれて、いつの間にか自分が鬼のように厳しくなっていることに気づきました。疲れ切ったスタッフの表情を見て、初めて自分のやり方が間違っていると実感したんです。」
しかし、その気づきがあっても、目の前の責任に追われ、自分を変える余裕はありませんでした。スタッフに対して厳しい言葉をかけ続け、冷たく接する自分が嫌になる瞬間もありましたが、その時はただ進むことしかできなかったのです。
一方で、リピーターの方が増え、お客様からの感謝の言葉が届くようになり、それが私を支えました。スタッフもそれぞれの役割で頑張ってくれ、少しずつですが、お店の一体感が生まれてきました。この頃、スタッフとの信頼関係も築かれつつあり、星を取ったことがチームにとっても励みになりました。
法人化の決断と妻との葛藤
2015年11月、私はついに法人化を決断しました。スタッフにより良い環境を提供するため、社会保険の整備や賃金の引き上げが必要だと感じたからです。
「法人化に踏み切ることは、料理人としての感覚を超えた決断でした。料理の腕だけではなく、経営者としての責任を果たすためには、合理性を追求せざるを得ない時がある。その選択は決して簡単ではありませんでしたが、スタッフのためにも、自分のためにも必要な一歩でした。」
そして、もう一つ大きな決断が、妻に表舞台から引いてもらうことでした。妻は店の立ち上げから私とともに頑張ってくれた大切な存在ですが、スタッフが増え、経営が拡大する中で、夫婦という立場がチームに与える影響を考えるようになりました。
「通告した時、妻の表情を今でも覚えています。後日、いかに辛かったかを打ち明けられた時は、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。ただ、店の未来を考えると、避けられない決断でもあったのです。」
夫婦の関係は、その後も多くの葛藤を抱えながら、時には支え合い、時には距離を取りつつも、店を支え続けてきました。
店舗増築への決断
2017年、こゝちよは大きな転機を迎えました。特に鱧やふぐのシーズンになると、お客様が押し寄せ、28席の小さな店舗では対応しきれないほどになりました。ランチ営業も2回転させざるを得ず、スタッフの負担は限界に達し、お客様に対するサービスも行き届かないことが増えてきました。このままでは、こゝちよの本来の良さを守り続けるのは難しいと感じていました。
この時、私は大きな葛藤に直面しました。「二店舗目を開くべきか、それともこの店舗を増築するか?」という選択です。二店舗目を持つことで売上が増える可能性もある。しかし、複数の店舗を経営することで、料理やサービスの質が維持できなくなるのではないかという不安がありました。自分の目が届かない場所で、こゝちよらしさが失われるかもしれない。その不安は大きく、何度も自問しました。
「自分は何のためにこの店をやっているのか?」
答えは、やはり「こゝちよのクオリティと一貫性を守りたい」という強い信念でした。どれだけ拡大したとしても、目の届かない場所で妥協したくはなかった。だからこそ、二店舗目ではなく、この店舗を増築することを選びました。
増築によって、席数は倍に増え、ランチの回転数を1回に抑えることができました。新しく完成した新館は、本館と対照的なモダンなデザインで、まるで別世界のような空間が広がっています。お客様がよりリラックスし、ゆったりとした時間を過ごせる空間が生まれたことで、料理を存分に楽しんでいただけるようになりました。
「増築が完成した瞬間、これが未来への一歩だと強く感じました。」
バックヤードも拡充し、スタッフの休憩室やロッカールームを整備することで、彼らの働く環境を大幅に改善しました。これにより、スタッフのモチベーションも高まり、仕事に対する誇りが生まれました。お客様からも「以前よりもさらに居心地が良くなった」という声をいただくことが増え、この決断が正しかったと確信しました。
もちろん、増築には大きな借金が伴い、夜中に不安で眠れない日もありました。しかし、その不安を抱えつつも、「この投資が将来の成功につながる」と自分を奮い立たせ、日々の営業に全力を注ぎました。
「お客様が帰る時に『また来ますね』と言ってくれる瞬間、その言葉がすべての不安を払拭してくれました。」
増築後、こゝちよは一段と成長し、安定した集客とリピーターに支えられて、次のステージへと進んでいきました。二店舗目ではなく、この店舗の増築を選んだことで、私はこゝちよの未来を自分の手でしっかりと形作りながら進んでいると実感しています。
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↑友人の堀内くんの家具屋です。こゝちよの椅子やテーブルはすべてこちらでお願いしています。
30代後半のまとめ
ミシュランの星を獲得し、法人化を果たし、店舗を増築することで、事業は大きく拡大しました。スタッフとの信頼関係も築きつつ、チームとして一体感が生まれてきたのは、大きな進歩でした。
しかし、リーダーシップの成長についてはまだまだで、次に大きな失敗が待ち受けていることを当時の私は知りませんでした。これから先、さらに多くの学びがあり、それが本当の意味での成長につながることになるのです。