陣中に生きる—38
十月三十一日 雨後曇
― はがき書き ―
三時半。
やはり雨が降っている。
切ない雨だ。
その音に聞き入っていると、屋根の下で暮していた頃のことが思い出されて、ムラムラと郷愁がわいてきた。
闇の中で思い出にふけっていると、胸をしめつけられる思いである。
しかし、銃砲声はピタリとやんでいるので、友軍に損害が無くてすむことだろうと、この点は安心である。
六時半に起きてみると、歩哨のKが大声で歌っていたので注意する。
歩哨はいかなる場合でも、歌など歌うべきでない。
それに、まだ暗闇で、みんなスヤスヤ眠っているのである。
けっきょく自分の班は、そのまま起きて一ぷくしながら、闇の中で話し合った。
やがてみんなは炊事に行ったので、自分は留守番がてらはがき書きをする。
雨で会食は流れた。
食後、またはがき書き。
午前中書き通す。
昼食のおかずはたくあん一片。
なんと貴重な!
午後もはがき書き。
頼んでいたので、小野上等兵が来てくれた。
馭者たちの功績調査を依頼し、その他の要談をする。
食糧その他のものも、持って来てくれた。
餅の加給品・煙草・キャラメルの酒保品等があったので、さっそく分配してやる。
小野はしばらく雑談をして、笑いながら帰った。
十六時半に夕食。
各班ごとに食事場でする。
江尻小隊長から酒一本を頂いたので、のんびりと、にぎやかに食事ができた。
今日は日曜らしい日曜だった。
雨で射撃も無かったので、終日銃後へのはがき書きをした。
その人を思い浮かべながら書いていると、お会いして話し合ってるようで、とてもたのしい一日だった。
気になっていた礼状も大体片付いたので、肩が軽くなったと感じた。
しかし、他の戦線―左側方には相当な激戦があったらしく、はるかに、そして終日、砲声がインインととどろいていた。
その音によって判断するのに、友軍は大分進出したように感じられた。
それにしても、われわれの前面がなかなか進捗しないのはどうしたことか。
昨日、六十五聯隊が馬家宅を奪取したといううわさが飛んだ。
ちょっと早すぎるかなと思いながらも、ビッグニュースとして喜んだ。
ところが、その後の情報を綜合してみると、やはりデマらしかった。
闇の中で、
「退屈だなァーー」
と、思いきり、はき出すように言った。
たまらなく、空虚な感じである。
もう、じょう談も出なかった。
歌も出なかった。
なんでもいいから、変化を待ちのぞんだ。
時はすべてを解決する。
早く月日がたてばよい。
今日で十月も終りだ。
あす十一月になることが、正月を迎えるような気持ちでもある。
昨夜、前線が平穏だと思ったのは間違いで、一〇四聯隊が多数の死傷者を出すほどの、激戦があったということを後で聞いた。
まことにすまぬことと思った。
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