陣中に生きる—17『昭和十二年 十月十一日』
割引あり
十月十一日 曇後晴
― 第一回こ家橋陣地 ―
四時起床。
しつ黒の闇だ。
ヒュウヒュウと、頭上に鳴るのは敵弾である。
だが、今は流弾どころでない。
問題はこの時間とぬかるみであり、その中での駄載と行軍である。
その至難を思わざるをえない。
とはいえ、戦場では不可能とは言えない。
しかも今の場合、夜が明けてはならんのだ。
さていよいよ操作にかかると、最初から思いがけない困難にぶつかる。
砲身が焼けついて、どうしても分解できない。
出発時刻の迫ってくるのが、猛獣に追われるようだ。
四苦八苦の末ようやくとれたが、これで大分時間をつぶした。
第一、第二分隊が先行したので、第四分隊を待って出発する。
東の空は、そろそ白みかけていた。
後方にさがるにつれて道がわるく、形容のことばもない。
幾度か転倒しながら、どろんこになって進む。
歩いた距離はいくばくもないのに、流れる汗はぬぐいきれない。
やがて、長靴の小隊長が、力つきておくれかけた。
ようやくにして太平橋につく。
おくれた高橋も追いつき、全員そろってホッとする。
ここから先は
1,962字
よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!