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胎内記憶<記憶の回廊>―③『赤ちゃん言葉からの卒業』

小学4年生で10歳の時に『始まりの記憶』を思い出してから、1年くらいったった頃にまた記憶がつながった。
しばらく記憶がつながっていなかったので、もうつながることはないのかと思っていた。

この時もいつものように赤ちゃんの頃の記憶を思い出していた。
たしか学校の授業中だったと思う。
ふと記憶がつながった。

それは、僕が言葉を初めて話した時の記憶だ。
後でわかるのだが、この時の記憶はまだ未完成だった。
かなりの記憶が欠落していた。

今まで母のことを「ママ」と呼んでいた。
初めて赤ちゃん言葉を卒業する言葉を考えていた。
「お母さん」と呼ぶことにした。

母は別の部屋にいた。
「おかあさ~ん!」と呼んだ。
返事が無かった。
緊張した。
だから声が小さかった。
もう一度大きな声で呼んだ。
向うから「は~い」と母が来た。
「お母さん」に対するリアクションは無かった。
何かしゃべらないと、と思った。
<今までと違う感じでちゃんと話さないと>と思った。
話す内容を考えていなかった。
とっさに「のどがかわいた」って言った。
母が「お茶でいい?」って言った。
僕はうなずいた。
どうせなら「ジュース」と言えばよかったと思った。
ちゃんと話せるようになったと伝えるために「僕はジュースが飲みたいなぁ」くらい言えばよかったと思った。

決意して挑んだこの時、大したことは言えなかった。
それでもこの短いやりとりの中で、今までと違い、ちゃんとした発音になっていたはずだ。
ちゃんとしゃべると驚かれるのではと緊張していたが、母のリアクションは最後までなかった。
結果、話せるようになっていることには気づいてもらえなかった。
しかし、これがきっかけでちゃんとしゃべっても、大したことは起きないことがわかり、この日から赤ちゃん言葉を卒業した。
だが、その後も相変わらず母はひとりごとのように話しかけてくるので会話にはならなかった。
でも、姉とはちゃんとした発音で話すようになった。

それから1週間くらい後に、姉としゃべっているところに母が、
「あんた急にしゃべるようになったな~」と驚いていた。
僕は、<今?!>
気づくのが遅いのに驚いた。

赤ちゃんの頃の記憶―14 <言葉>

僕はこの時、この記憶以前の記憶がまだつながっていなかった。
だから僕は初めてしゃべった言葉が「お母さん」だと思っていた。

小学6年生の時、母に勇気を出して聞いてみることにした。
「僕が初めてしゃべった言葉覚えてる?」
すると母は、「しらん、覚えてへん」と言ってきた。

わが家はそんなにフレンドリーな家族ではなく、こういった会話が珍しい昭和の家だった。
それでも引かずにさらに聞いた。

「思い出して!」と僕が言うと、母は「マンマとかブーブーとかちゃう?」
そう答えた。

次に、何歳からしゃべり出したのかを聞いてみた。
「一歳くらいちゃう?」「あんたはしゃべるのは早かった」
そんなことを言っていた。

僕の記憶と違っていた。
ちゃんとつながったはずなのに、なぜ違うのかわからなかった。
すべての記憶が間違っているのかもしれないとも思った。

でも、それからも時間があれば、記憶の時系列がつながらないかを探っていった。

小学6年生の僕と、母の記憶は違っていた。
大人になり、子育てをする中でさらにたくさんの記憶が蘇り、つながった。
だから今は、この記憶が違っていた理由が分かる。
この記憶は初めてしゃべった記憶ではなく、はじめて赤ちゃん言葉を卒業した時の記憶だったのだ。

「はじめて」という感覚があったのと、言葉の記憶がつながってはじめてしゃべったと僕は勘違いをしていたのである。


つづく


今回引用したのは『赤ちゃんの頃の記憶―14<言葉>』ですが、最終的にはこれ以外のことをだいぶ思い出せました。
それら言葉について全6話でまとめています。
特に今回とつながるのは「12」「13」「14」です。
良かったらそちらもぜひ読んでみてください。


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心朗太
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