第36回國華賞 選衡経過
選衡委員長 小林宏光
第三十六回國華賞選衡委員会は、別記のような十二名の委員によって、國華賞候補の最終選衡を行った。事前に、作品に対する査読者の評価及び論評の提出があり、各委員に周知された。当日は、さらに各作品について主査による講評、担当査読者からの所感と評価が加わり、その後に、他の委員の意見を聴取し、慎重な討議がなされた。
本年度、選衡委員会に國華賞運営委員会から付託された候補作品は、著書(単行図書)六点、論文六点、図録賞のための展覧会図録十六点の計二十八点であった。國華賞候補作として挙げられた著書、論文の内容は、中世絵画、仏教絵画・彫刻、近世文人画、琉球絵画から近代美術に至るまで、本年も多岐にわたるものであった。各作品について、何らかの研究の意義が指摘された一方で、問題がある場合には、忌憚のない意見交換が行われた。最終的に、次の著書と二論文にしぼり、さらに検討が進められた。
著書 平川信幸『琉球国王の肖像画「御後絵」とその展開』(思文閣出版、令和六年二月)
論文 川瀬由照「東大寺開山堂良弁僧正像再考―伝承、説話と肖像制作―」(『論集 良弁僧正―伝承と実像の間―ザ・グレイトブッダ・シンポジウム論集 第20号』、東大寺、令和五年十月)
論文 五十嵐公一「絵画の注文制作 狩野永徳の事例を中心として」(紀要『美術史論叢』第40号、東京大学美術史学研究室、令和六年三月)
平川氏の『琉球国王の肖像画「御後絵」とその展開』は、琉球王国の第二尚氏歴代国王の肖像画である「御後絵」を中心に、琉球肖像画の歴史と独自性を論じている。「御後絵」は、戦後所在が不明となっていたが、残るモノクロ写真と調査資料等をはじめ、平川氏は、関連文献、先行研究を充分に検討、整理し、画面の構成要素を丹念に読み解き、独自の国王肖像画の形成を明らかにしている。琉球を取り巻く諸外国の帝王図像と儀礼事情、それらにともなう琉球側の変化も広範かつ緻密に議論され、「御後絵」から展開した琉球の肖像画全体を俯瞰し、祖先祭祀にみる社会の変化にも注目している。その画期的な内容と堅実で論理的な思考、問題点の明確な設定による研究の一貫性が高く評価された平川氏の著書は、國華賞に相応しい学術的価値を持つ作品として、二論文とは競合することなく、委員全員で國華賞に推薦することが同意された。
川瀬氏の論文は、東大寺開山堂の良弁僧正坐像の制作時期や造像背景について新たな知見に富む見解を示し、五十嵐氏の論文は、中近世絵画の注文制作についての実態を知る方法論を提示している。ともに専門分野への貢献度が認められたが、今後の研究展開が待たれる等の意見があり、受賞対象として推薦されるには至らなかった。
続いて國華展覧会図録賞の選衡に入った。中国絵画、仏教美術、中近世から近代の絵画、浮世絵(錦絵と肉筆画)、写真製版、書の紙、中国と日本の陶磁器など各館各様に、独自性を発揮した図録内容について討議がなされた。担当学芸員の意欲的な仕事の成果として委員間で、一定の評価とともに関心がもたれたのは、次の五点である。
「北宋書画精華」(根津美術館、令和五年十一月~十二月)
「サムライ、浮世絵師になる! 鳥文斎栄之展」(千葉市美術館、令和六年一月~三月)
「雪舟伝説 『画聖』の誕生」(京都国立博物館、令和六年四月~五月)
「没後一五〇年 山本琹谷と津和野藩の絵師たち」(島根県立石見美術館、令和五年七月~八月)
「没後一〇〇年記念 内海吉堂展」(敦賀市立博物館、令和五年九月~十一月)
この内、「北宋書画精華」と「鳥文斎栄之展」が、特に図録賞の有力な候補となった。前者は、北宋書画の名品が一堂に会する稀有な展示内容と充実した研究図録が称賛された。後者は、天明・寛政年間に、歌麿に準ずる評価を受けた鳥文斎栄之の錦絵と肉筆画の名品を集めた初めての展覧会の図録である。国内外に所蔵される広範な作品調査に基づく内容は、黄金期の浮世絵の研究水準を高めるであろう、と支持を得た。ともに重要な二図録について議論が分かれたが、委員会は、千葉市美術館の「鳥文斎栄之展」図録が、今年度の図録賞に相応しいと最終的に判断した。
以上の通りの経過を経て、上記のように、本年度の國華賞一点、國華展覧会図録賞一点の候補を運営委員会に報告し、長時間に及ぶ選衡委員会を終了した。
國華賞本年度選衡委員
小林宏光 (委員長/上智大学名誉教授)
朝賀 浩 (皇居三の丸尚蔵館副館長)
泉 万里 (美術史家)
岩佐光晴 (成城大学教授)
大久保純一(国立歴史民俗博物館教授)
皿井 舞 (学習院大学教授)
野口 剛 (根津美術館学芸部長)
林 温 (慶應義塾大学名誉教授)
肥田路美 (早稲田大学教授)
日高 薫 (国立歴史民俗博物館教授)
宮崎法子 (実践女子大学名誉教授)
山梨絵美子 (千葉市美術館館長)
(委員長を除き五十音順 敬称略)