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伝狩野常信筆 源氏物語図屛風(國華1550号〈特輯 源氏物語図屛風〉要旨)

タリア・アンドレイ 

アメリカ イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館蔵
紙本金地着色 六曲一双 各縦170.0㎝ 横379.0㎝

 イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館にある源氏物語の全12の場面を描いた一双の屛風には、江戸木挽町の狩野派二代目当主、狩野常信(1636-1713)の落款印章がある。この屛風は、婚礼調度として制作されたと思われる。伝統的な源氏絵で飾られた調度類は、花嫁の富と文化的資本を意味し、高い教養と社会的地位の証だった。
 ガードナー美術館の屛風に描かれた全12の場面は、土佐派源氏絵の定型図様を踏襲している。風景や建築的要素は、土佐派の大和絵様式で、濃彩つくり絵技法と吹抜屋台を使用して描かれている。しかし、人物表現はバラエティーに富み、生き生きとした顔貌と表情が見られ、土佐派とはかけ離れている。
 室内空間を飾る画中画にも土佐派源氏絵でのそれとは、以下の点に異なりが見られる。すなわちほとんどが水墨画であり、中国故事の人物、風景、花鳥など、狩野派の伝統的な漢画のレパートリーで構成されているのである。似たような題材は、メトロポリタン美術館にある常信筆の「中国倣古画帖」にも見られる。カラーとモノクロの絵画が交互するこの画帖には、常信の技量の巧みさと柔軟な対応力が表れている。本作においても、異なる絵画様式を巧みに融合させた表現が見て取れる。
 石山寺所蔵の土佐光芳(1700-1772)筆とされる 一双の屛風は、全体の構図、場面の選択と配置において、常信の屛風に近似している。源氏物語の図様は定型化されているが、現存する源氏絵屛風の間では、場面の選択や配置にかなりのバリエーションがあることを考えるならば、両作品の類似に、新たな疑問が浮かんでくる。この時代の狩野派と土佐派には緊密な交流があったのだろうか。それとも、この屛風は同じ工房で制作されたのだろうか。あるいは、狩野でも土佐でもなく、源氏絵を専門に制作していた工房だろうか。落款は後から書き加えられたのだろうか。両屛風の落款の位置がやや不自然であることから、落款は絵師の当初の構想に含まれていなかったことも考えられる。両作品の落款や印章を詳細に調べ、17世紀後半から18世紀にかけての源氏絵屛風の広範な調査を通して、絵師、工房、制作を取り巻く環境について新たな見識が生み出されるだろう


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