旅をする本
旅が好きな人は、総じて星野道夫さんが好きだと、勝手に思い込んでいる私です。
つい先日、近所のとある古本屋で、星野道夫さんの『旅をする木』の単行本を見つけました。
見つけたというより、ふと目に留まったという表現が適切かもしれません。
私は、古本を手に取ると必ず最初に奥付を見ます。
その本がいつ生まれたのか、知りたいのです。
そして、その本が初版だと、
「君は、本の世界のチャレンジャーなんだな」
とても愛おしくなります。
重版された本は、すでにその価値が世の中に伝わっている本です。
しかし、初版の本は、そうではありません。
重版されず消えるかもしれない、その最初の挑戦者に心が惹かれるのです。
私が手に取った『旅をする木』の単行本。
初版でした。
すでに、初版の『旅をする木』は持っていたのですが、この本がなんとなく気になりました。
ふと、
裏見返しの遊びの部分に、新聞の記事が貼ってあるのを見つけました。
著者の星野道夫さんが熊に襲われ亡くなったことを伝える当日の記事でした。
それを見た瞬間、私はこの本が何かとてつもない旅をしてきた気がしました。
急いで表の見返しの遊び部分をめくりました。
すると、
やはりあったのです。
道夫さんのサイン本でした。
熊に襲われ亡くなる3ヶ月前に書かれた、銀色のサインでした。
サインをもらった方のお名前も書いてあります。
道夫さんらしく、とても丁寧に相手のお名前が記されているそのサイン本を手に、私はレジへと歩みを進めました。
880円。
胸がチクチク痛みながら。
及川和子さんは、どうしてでこの本を旅に出してしまったのでしょうか?
もしかすると、本人の意図しないカタチで、あの古本屋の書棚に収まっていたのかもしれません。
あのサインをもらった3ヶ月後に道夫さんが不慮の事故で亡くなり、彼女はどんな思いで、その記事をスクラップして本に貼ったのでしょうか。
本の状態と丁寧に貼られた新聞記事を見て、
少なくとも、及川さんはこの本をとても大切にしてきたと感じています。
どんな理由で手離したにせよ、
気恥ずかしそうにサインをした道夫さんと、きっと嬉しそうにそれを受け取った及川さんの想いが詰まったこの本を、
次の旅に出るまで、私はできるだけ大切に保管したい。
古本を手にした時、
私は、本が旅してきた道程を想像します。
それは、決して明らかになる道筋ではありません。
でも、そこには本と持ち主の旅路が必ず介在しているのです。
そして、著名本だと、そこに著者の旅路が加わります。
古本は、みな「旅をする本」なのです。