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オートマ


「オートマ限定免許とか恥ずかしくないの?」

いつものようにドライブデートしてる最中、付き合って半年のマリにふと言われた。

うーん。あんまり深く考えてなかったなぁ。

「別に?今時普通だしマニュアルの車なんて走ってないしさ、みんなそうだしそもそもギアチェンジもクラッチ操作も要らないならマニュアル取る意味無いじゃん。軽トラだってオートマが増えてるでしょ?」

右折待ちの為に対向車の確認をしながら僕がそう答えた途端、マリはわかりやすく深く息をついた。なんだよ。

「あんたに何か聞くとだいたいそうだね、何のジャンルでもさ。例えばこないだ行った映画。みんな面白かったって言ってたし行ってみよう、だのアクション映画は頭使わないで見れるってみんな言ってる、だのばっかり。映画は面白かったけど」

言いながらガサゴソダッシュボードからティッシュを取り出して鼻をかむ。

「ふう。先週ご飯作ってくれた時もそう。肉じゃがは確かに好きだし味も良かったよ。でも私がそうやって褒めたらさ、なんて言ったか覚えてる?」

「なんて言ったっけ?」

「良かった、肉じゃがはみんな好きだもんね…よ。」

6台程対向車を見送って漸く曲がり出した車はその先すぐで赤信号に捕まった。
あの黄色は行くべきだったかな…

「だってそうじゃん、肉じゃが嫌いって人はなかなか会えないー」

「肉じゃがの話はしてない。私が言ってるのはこの『みんな』ってとこ。みんな言ってる、だいたいみんなはそう、みんなそうしてる、みんなみんなみんな。」

ティッシュを後部座席に置いてあるゴミ箱にポイッと投げると、ドリンクホルダーに置かれたコーヒーに手をつける。

「あなたにはアイデンティティだとか個性だとかそう言ったものが全く見受けられないのよね。確かに外見的には顔もいいし身長も高いしお金も持ってる。個性と呼べるのかもね。でも内面的なとこだとあんたは本当に何もないのよ。」

いつものことだけど酷い言われようだと思う。付き合ったらみんなこうなのかな?少なくとも僕が付き合ってきた女性はだいたいみんなこうなる。

「それとオートマ限定は恥ずかしいか、なんて関係ないだろ」

「もうその話は終わってんの、そこから今はあなたの無個性っぷりの話をしてんの、わかる?あぁオートマね、なるほどオートマいいわ」

コーヒーを置くと今度は鞄からタバコを取り出す。忙しい人だ。

「吸ってもいい?」

「窓は開けてね」

マリは長くて細いタバコに火を点けると外に向かってふうぅっと煙を吐き出す。
あんなけむいの何がいいんだろう。
信号が変わってゆっくりと車が動き出す。しばらく直進だ。

「本当もう自動的なのよ、あんた。何か考える事、言うこと、対処法、全てがみんなの考えに則ったみんな理論なの。オートマティックにみんな理論に辿り着いて使ってんの。みんなはこう、だけど自分はこう、とか本当に無い。みんなはこう、じゃあ自分もこう。本当なんかもう機械的と言えるのかもしれない。」

窓から軽く手を出してトントンと灰を外にばら撒きながらマリの話は続く。

「その内言うんでしょうね、結婚しよう、だってみんなしてるから。子供を作ろう、だってみんな作ってるから。子供を塾に入れよう、だってみんなそうしてるから。」

マリ用に置かれた灰皿にだいぶみじかくなったタバコをねじつけるとはーっと息をついた。

「ごめん今日は帰るわ」

「え、でも今からご飯行こうってさっき」

「わかってる。ごめん。でも今日はもう帰らせて。」

左手にコンビニが見える。
せかせかと駐車場で車を降りると、ハンドルを握ったまま戸惑う僕にマリは優しく微笑んだ。

「じゃあね」

「え、マリの家まで送る」

「いいの。ここで帰って。私も帰る。少し考えたいの色々と。」

そう言ってマリは歩いて行った。すぐ見えなくなった。
何がいけなかったんだろう。みんなはこんな時どうしてるのかな、まぁでもみんなこんなものか。付き合って、距離を取って、またくっついて、もしくは別れて。

「クラッチなんて無い方が楽じゃん」

思わず口に出しながらギアをドライブに入れてアクセル。
スムーズに、みんなと同じように車は滑らかに動き出し、コンビニから出て行った。

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