千夜一夜物語(アラビアンナイト) 中
「……。ん。」
目を覚ました時、目の前は暗闇だった。目を開けているのに暗闇。
とりあえず立ち上がろうと床に手をつこうとすると…あれ?腕が後ろで縛られている。右手の甲が左手の甲に当たっている。離れない。動かない。動かない!足も!足首がくっついてる!何か荒い紐か何かで縛られているのか、手首も足首もそれが食い込んで痛い。真っ赤になっているに違いない。と言うか。息がしにくい。口を開ける。開かない。開かない?何かで塞がれている。テープか何か。口の上全部。要するに。要するにだ。
気がつくと私は手首足首縛られて、目隠しされて口を塞がれて寝転がされていた。
体の下で固い床が小刻みに、時に乱暴に揺れる。
?
??
??!??!!??!?
「んんっ、ごぐぅっふー!」
慌てて必死に助けを呼ぼうと叫ぶ私の声は、テープに塞がれてなんとも間抜けな音だった。
「%$€〆%°¥$$!!」
ドスッ!と体に衝撃。腰を蹴られた。たぶん。いたい。いたいし。しかも。最悪なことに。
「€$¥%%°#=〆*!!」
「¥%>$\\〒#!!」
体の上から降ってくる言葉は、日本語ではなかった。何語?わからん。知らん。外国語なんて英語ですらわからんのに。これヤバい。ヤバい。マジで。ヤバいって。ヤバいよ。
周りには複数の男たちがいるようで、たまに私には聞き取れない言語で喋り、たまに音を出す私を蹴った、いたい。とりあえず。
いたいからじっとしてよう。
そのままどれくらい揺すられていたか、その物体はゆっくりと速度を落として止まった。
周りでガチャガチャ音が鳴ったと思うと、誰かにグイグイ髪を引っ張られて、私は引き摺り下ろされた。
ゴチッと頭を地面にぶつけた。いたい。いたいよお。
ぼろぼろ涙を流す私の体は起こされ、おもむろに目隠しが外された。
恐る恐る目を開けると、まず目の前には銀色のバン。
あれは…そう。コンビニの帰りに見たやつだ。
周りに目をやると、顔を目の部分以外黒いマスクで覆った男達の集団。6人くらい。男達、はイメージ。迷彩服に身を包んで目以外マスクで覆った乙女達がこの世にいてたまるか。
その内の1人が私の口のテープを思い切り容赦なくめくる。
ビリッ!私の口を塞いでいたテープはとんでもない痛みと口の周りの少々の産毛とともに無くなった。
「いっ!…たぁ…」
思わず口から出る悲鳴に何人かの男たちが笑い出す。
なんだ。なんだなんだなんだ。こいつらは。この状況は。それになんだかザザッとした音、磯臭い香り。近くに見える倉庫群。これは。もしや。
「すみません、手荒な真似をご容赦ください」
そこへ、バンの助手席から1人の男が降りてきた。
私のことを笑っていた男達が慌ててザッと敬礼する。日本語?日本語だ!
降りてきた男はゆっくり私の前に屈むとじろじろと私の顔を見た。
男日照りと言うのは本当に怖い。こんなわけのわからない状況で、それでもなお。長髪を後ろでまとめてポニーテールにした、パッチリ二重ですっと鼻筋が通ったなんだか彫りの深い、短い顎髭を生やした男の顔をわたしは。
わたしは。
カッコいい
と思ってしまった。
「私はアシュリ。偽名ですが。私は日本人ではありません。あなたをこんな目に遭わせたのは私です。拘束は解きますが、あなたには私たちと一緒に来ていただく。」
アシュリが何か手で合図を出すと、傍らのさっきテープをはがした兵士が懐からゴツいナイフを出して、私の後ろへ回った。
ヒイッと震える私を他所に、スッと両手が軽くなった。手の拘束が解かれた。あ、足も。
身体的自由を取り戻し、痛くて仕方なかった手首をとりあえずフーフーしている私にアシュリは優しく微笑みかけると、優しく、それでいて有無を言わせない口調で言った。
「私たちはいわゆる世間で言う…アラブ系イスラム教の過激派です。私達は人々に革新派と呼ばれたいのですが。我々の母国は我々の母国と関係ないはずのアメリカに蹂躙され、私達は爆撃で沢山の人を、家族を、失った。アメリカと軍事的友好関係を、結ぶ日本も、作戦に参加すると言う話が出ている。私達の仲間が、アメリカでも今同じことをやっている。あなた達は人質。あの船で私達と来ていただく。異論や文句や色々とあると思いますが、私達はそれを聞きません。」
アシュリと名乗る男も、周りを固める男たちも、じっと私を見ていた。怖かった。
「あ、いやあの…あ…の」
「話は後で。#$€%!」
何か言いたいのだが言葉が言葉となって出てこない私を尻目に、アシュリの指示によりせかせかと動き出した男達に両脇を抱えられ、立ち上がらされた私が目を向けた先には一隻のタンカー…と言うのか大きな船が停泊していた。
男達は私を抱えて船の方向へと歩く。
こん。な。こんなの。なにこれ。なにこれ??
「あの!なんですか!?これ!わたしはどこ連れてかれるんですか!?ちょっと!アシュリ?アシュリさん!」
私の言葉をまるきり無視して、乗船した私は長い廊下の一番端の部屋に乱暴に放り込まれた。
頭に?がいっぱい浮かんだまま、7人の迷彩服の男と1人のパジャマ女を乗客に加えたタンカーはゆっくりと、動き出した。
窓から月明かりを反射してとても綺麗に映る海と、グングン遠ざかる岸を眺めながら私は、口をぽっかり開けたまま、ただただ目に入ってくる物を見続けた。
ふと、
ああ、明日は中村の爺さんの家には行けないな。
と思った。
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