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幸せな老後



老後の事考えたことあるか?


僕の生き方を見る友達の言う事はだいたい決まっている。
いい歳して定職にも就かずにフラフラしてるお前を見てると心配になる、との事だ。

40も半ばを過ぎてバイト生活に勤しむ僕は社会的負け組であり、誰とも知らない人達から社会人失格の烙印を押される。
恋人はこの10年いないし、別れた理由もこれだ。

あなたといても未来が感じられない。

未来。
確かに。

朝から夕方までコンビニで誰かのお弁当を暖めて、月に10万円ちょっとの手取りを貰って贅沢も出来ず車も買えず、子供の成長を眺める事もなく、どんどん社会から取り残されていく。

こんな男に未来を感じるわけがない。

クラシックからヒップホップまでありとあらゆる音楽を聴き、読書に自由時間の大半を捧げている事、たまに昔の映画なんか見てうーんこの描写は深いなぁなんて感嘆の溜息を漏らし、たまにいい天気の中散歩に繰り出して、路傍の踏まれてなお力強く咲く小さな花に命の儚さと躍動を感じ、なんて事には何一つの未来もない。

評価されない高尚な趣味なんてしない方がマシ、なんて言われる事もあった。
それからコンビニバイトじゃ言うことに何一つ深みがない、とか。これもよく言われる。

これらの事は僕が日常的に行なっている事であり、僕が日常的に受ける評価であり、僕と言う人間の社会からの評価でもある。

こんな生き方をしている理由。何も世間に抗おうなんて、昔から今まで考えてもこなかった。

ただ、興味が湧かなかった。
そして僕自身知らぬ間にその幸せを掴むレースに参加している、なんて知らなかった。

これだけである。

碌に話したこともない誰かからの羨望の眼差しや、まるで世の中の全てを把握しているかの如く、誰にでも評価を下す方々からの賛同を得る、幸せな家庭を築き、妻と息子と娘と犬と仲良く暮らして縁側で看取られる、人生はこれがほぼ全てであり、大人になった瞬間これを得る為のレースに自動的に参加させられるなんて露ほども知らなかったのだ。

人付き合いは苦手じゃないし、学生からの友達も大人になってから出来た友達もいるし、心の一番奥深く、そんじょそこらの仲じゃ言えない事を分かち合える人もいる。

だけどそんな事は関係ない。

何が好きだろうが何を考えていようがどうだろうがなんだろうが、とにかく僕は社会人失格の甲斐性無し。そう言った人の大切なもの、を語るフィールドに立つ以前に僕には問題があるそうだ。

それではここで深みのないことを一つ。

親は子に教える。
自由に生きろ、他人の目なんか気にするな、納得いく人生を送れと。
親は子に教える。
誰にも迷惑をかけるな、他人を貶めるな、助け合い尊重して生きろ、感謝の心を忘れるなと。
親は子に教えない。
世の中にはある一定の尊厳のラインがあり、それを超えていないと人として見られる事はない。
親は子に教えない。
社会的な、何となくみんなが思い描いている幸せのラインから外れている者は罵倒し、蔑み、尊重せずとも良いと。
親は子に教える。
立派に生きろ、望む人生を送れと。
親は子に教えない。
あくまでそれはこちら側が観測し、一定の評価が下せる範囲の範疇でやってくれ、と。
親は子に教えたり教えなかったりする。
人は人の後ろをまず見る。学歴職歴資格年齢。それらのバックボーンがしっかりしてる人としか一緒にいてはいけないと。

人の幸せはそれまでの我慢や苦しみの上に立った70年の後の世界であり、それまでの70年は必死にがむしゃらに生きる。
残りの10年〜20年の為に今を耐えろ。

幸せな老後、と言う言葉には魔力がある、と僕は思う。
人生の半分以上をその為に費やし、その後のたった10年そこらの為に、自分のその時見たいものや行きたいところ、体感したい事を我慢してそれより仕事、それより社会的地位、配偶者。もちろんたまにそれを楽しむ事は許されても、それはあくまで趣味の範囲内。それを楽しむ事を主目的にした人生は、社会的道義心の欠落である、という事なのだ。そうだったのか。それは申し訳ない。

過去を悔い、まだ見ぬ未来に万全の準備を期す事に重点を置いて今を懸命に過ごす事、こそが幸せである、らしいのだ。


老後の事考えたことあるか?


友達は僕に言う。
昨日、僕が住んでいるアパートの一室で一人の孤独死した老人が見つかった。
生前お会いしたその方はなかなかの偏屈じいさんであり、社交的とはとても言えず、蟻の生態を観察する為にビンにアリの巣を作って、それを眺めるのが趣味だったそうだ。



世間様へ。このお爺さんは、皆さんが目指しているところから一番遠いところにいるお爺さんでした。


それでも僕は

あぁ、いいなぁ幸せそうだなぁ、と。

昨日拾ってきた、誰かに踏まれて萎れたタンポポが、ビンの中で再びその身を持ち上げ、凛と咲く姿を見ながら思うんです。

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