【不安から生まれる愛】
私の母の愛し方は何でも心配する事から入る。
何かをやりたいと言うとデメリットを説明される所から始まる。
物事、良い悪いの二面性があるのが当たり前なのだからデメリットだけ言われるばかりではもちろん意欲が下がる。
母親の献身度には驚くものがある。
でもそれは献身的な母親として、母親というアイデンティティをアピールする事で自分自身を社会的に認めてもらおうとしてるようにしか見えなかった。
PTAなども愚痴りながらも積極的にやる人だった。
母親は母親でありのままの自分を認められてこなかった過去がある。
子どもながらに接していて感じる瞬間は多々あった。
だから仕方ない。
でもそんな不安から来る極端な献身的な愛をぶつけられる子どもの身になってみて欲しい。
自分が担えるはずの役割を奪われて、非力にさせられるさまは極端に言えば監獄に入れられてる気分だった。
自由に使えるお金と献身的な愛をぶつけられる日々でほんとに生きる意味を問う毎日だった。
身体が病みまくって食べれなくなる、リアルな死闘だった。
そして何度も何度も何度も以上のことを伝えようとしても伝わらなかった。
要は「子どもを利用せずに自分の幸せは自分で見つけろ。子離れしろ。」が全く伝わらず…
それどころかママが悪いのねと泣かれたり喧嘩になりと、埒が開かない。
これはもう一緒にいれないと心に決めて一人暮らしを始めてやっと戦火が燃え上がる事が無くなった今、
やっと少しずつ自分自身に向き合う余裕が出てきた。
でも経済的にはまだ彼らの支配下。
嫌なこった。早いこと経済的にも自立したい。
でも実家を出れた時から私の幸せは始まってる。
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