2cvは永遠です。 (ESSAY CITROEN 4)
この2CVのドーリーのカタログは当時の英国,および,フランス本国のものです。左側のフランス版の方にサインが見られますが,それは,当時のPSA,グループの会長さん,つまり,シトロエンとプジョーの二つの会社の会長さん、ジャック・カルベ氏のサインだったのです。内容は,2CVは永遠です。と書いてあるそうです。これは,僕の質問に対する彼の答えであったのです。その質問とはいつまで、2CVは生産を続けるのですか?という質問でした。この時はまだ,2CVは生産を続けていましたが、まわりでは、それに2CVのファン達の間ではいつ生産が終了するか,心配されていたからです。
ですから恐らく1987年頃のことだと思います。
なぜ,僕みたいな絵描き,(いくらシトロエンばかり描いているとは言え)がジャック・カルベ氏に直接会えるなんて,思ってもいませんでした。そのチャンスを与えてくれたのは,当時の,NAVIのニューヨーク支局長の関口氏でした。彼は本当に僕をかわいがってくれました。彼に会うまで海外には飛行機が怖くてとても行けなかった僕の背中をたたいてくれたのが,関口氏でした。いつも僕の事を思ってくれていました。
過去形で書いているのは,残念な事に去年御亡くなりになったのです。
本当に言葉もありません。
当時はジャック・カルベ氏に会うのは大統領に会うのより難しいと言われていたのです。なぜなら,彼はフランスの経団連の会長の役もしていたからです。それに,その頃はちょうど、ルノー公団の会長がテロによって殺されたばかりでしたから,警備は大変なものでした。3回も4回も彼に会うまでにまたされました。日本からの初めての取材であるという事からと,その年にBXが日本政府からグッドデザイン賞を受けていたからだと思います。関口氏は僕を連れて行ってくれました。そこで僕は最初に書いた質問をした訳なんですが,カルベ氏は若い頃2CVにのっていたそうです。サインには永遠と書いてくれましたが,2CVはそれから2年ほどで,生産終了となりました。永遠ではありませんでしたが,心は永遠だったのでしょう。彼が我々のインタビューを受けている後ろには日本からの賞状がさりげなく飾られていました。憎い演出です。彼と握手をした時はびっくりしました。手のひらの生命線が手のひらを超えて腕まで来ていたのです。インタビューを終えて,彼に別れを告げて部屋から出る瞬間に僕は振り返りました、すると彼は後ろを向いていましたが,その後ろ姿はもう既に違う事を考えている様でした。その姿には圧倒されるものがありました。経済界のトップの方なんて,人生でそんなに会えるものではありません。まったくすごいものでした。その後のシトロエンの社長さんを見たことがありますが、カルベ氏みたいな人はいませんでした。
2007/01/05(金) 00:34:18
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