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嘘とプライドの境界線【1分小説】
嘘が下手だった。そう自覚したのは、初めて彼女に振られたときだった。
「本当は、ずっと気づいてたよ」
彼女はそう言って笑った。悲しそうに、でもどこかスッキリした顔で。
「何を?」と聞き返した俺に、彼女はゆっくりと首を振る。
「嘘をついてたでしょ?私のこと、そんなに好きじゃなかったんじゃない?」
否定しようとした。口を開いた。でも、声が出なかった。
――バレてたんだ。
俺は、好きだと言いながらも、自分の気持ちを守ることばかり考えていた。傷つくのが怖かったから。本気で好きになればなるほど、もし終わったときに立ち直れない気がして。だから、少しだけ心の距離を置いていた。
でも、彼女はそれを見抜いていたんだ。
「ごめん」
ようやく絞り出した言葉は、それだけだった。
彼女はふっと微笑んで、「うん、知ってる」と言って去っていった。
それから俺は、嘘とプライドについて考えるようになった。
嘘をつくのは、結局プライドのせいなのかもしれない。
自分が惨めにならないように。傷つかないように。相手に嫌われないように。そうやって、ちょっとずつ嘘を重ねる。気持ちを誤魔化す。
でも、それは結局、相手を傷つけるだけだった。
気づいていたのに、知らないふりをしてくれていた彼女。
それが、どれだけ優しさだったのか、どれだけ残酷だったのか、今になってやっとわかる。
次の恋では、正直でいようと思った。
駆け引きなんてしない。素直に好きと言う。無理にカッコつけたりしない。
でも、いざ目の前に好きな人が現れると、また俺は嘘をつきそうになった。
余裕があるふり。
大したことないふり。
そんなの、もうやめるって決めたのに。
「俺さ、嘘が下手なんだよね」
そう言ったら、彼女は不思議そうな顔をした。
「嘘?」
「好きなのに、好きじゃないふりをしたり」
言葉にしてしまったら、思っていた以上に情けなかった。でも、不思議とすっきりした。
「……そっか」
彼女は笑った。
「それなら、最初から正直に言えばいいじゃん」
その言葉に、俺は救われた気がした。
嘘をつかないこと。
それは、プライドを捨てることかもしれない。
でも、本当に大事なものを守るためには、そういうプライドなんて捨てたほうがいい。
俺はようやく、その境界線を越えようとしていた。