新しき地図 14 医療刑務所(2)
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14 医療刑務所 (2)
2
その医療刑務所では、1年に1回、「バザー」と名のつく催し物がおこなわれる。それは、いわば、医療刑務所の、一般開放の日である。一般の人が、アトラクションを受刑者にみせたり、刑務所見学に来た人をもてなすために、ラーメンやお好み焼きやお菓子の屋台がならんだりする。
その、バザー当日。ダイゴは、その医療班をたのまれていた。
普段はなかなか入れない「医療刑務所」の見学者で、刑務所内はけっこうな人がいた。一方、刑務所側は、受刑者の管理に神経を使っていた。
一般の人はその日、比較的自由に施設内にはいることができるが、もちろん受刑者は「比較的自由に」施設外にでることなど許されない。たとえば、一般見学者むけの「屋台」に受刑者がものを買いにいくなど、言語道断だ。
バザーの日は、通常より管理が厳しく、行動制限が増えるので、受刑者にとっては、あまり楽しくない面もあった。だが、一方で、毎日の「奉仕」「労働」「運動」「学習」などの日課は、中止となり、みなが食堂にあつまり、ボランティアのお話や芝居や音楽を聞く、というような、単調な刑務所内の日々とは異なる楽しみもあった。
大きな刑務所では、このボランティアのアトラクションに、TVに出るような、大物俳優や大物歌手(特に演歌歌手が人気だ)を、よぶこともある。しかし、知的障害者の多い小さいここの「医療刑務所」では、そういう派手なボランティアのアトラクションはなかった。
刑務所と同じ学区の中学生の演奏や、この日のために結成された「受刑者のためのボランティアをする市民グループ」による出し物などが、その内容だった。
その中に、同じ市の、知的障害者の就労支援施設「つくし」で働く、障害者たちによる、ハンドベル演奏があった。そして、ダイゴが野崎英一に頼まれたことは、なんとか、施設職員をごまかして、受刑者のひとりを、そこの演奏者としてステージにあげるのを手伝ってもらえないか?というものだった。
「もし、職員にばれたら、野崎さんも、受刑者のひとりだ。懲罰で『独房』に1週間くらいいれられるかもしれないよ」
「独房1週間くらい、なんてことないです。でも、きっと、ばれない」
「そこまでして、なんで、その受刑者の願いをかなえたいんだい?」
「彼は、ここの刑務所にはいるきっかけになった万引き事件を起こす前、その『つくし』にいたんです。そして、そこでおこなわれる音楽の時間をとても楽しみにしていた。人はその活動を『音楽療法』と呼んだりするらしいが、名前はどうでもいい。とにかく、彼は、そこでの音楽の練習を楽しみにしていた。彼は、特に、そこの『つくし』においてあったミニドラムが好きで、家でも『音楽療法』を行う先生に来てもらってドラムの練習をしていた、というんです。
彼は『もう2度と万引きはしない。刑務所にはドラムがない。こんなところには、もう2度と来たくない』と私に言うんです。
なんか健気でね。
彼は、今回のステージの『つくし』の演奏に入って、一緒に演奏したい、と刑務所の方に頼んだ。ぼくも頼んだし、『つくし』の人も、『せっかく彼も練習していた曲もやるので』例外的に一緒のステージにたたせてくれと刑務所の人に頼んだんです。でも、刑務所側は、例外的なことは特別な事情がないかぎり認められない、と拒否。でも『特別な事情』って、なんでしょう?こういうことこそ『特別な事情』だと思うんですけどね」
ダイゴは、ムキになる、野崎英一をみて微笑ましく思った。
「のぞみ苑」に彼がいたときもそうだったが、かつて、野崎
英一が、父親を殺害しようと考え、計画を練り、実行したとはとても考えられないのだ。
記憶喪失になると同時に、人格もかわったのだろうか?
だとすれば、記憶喪失は悪いことばかりではない。
野崎英一が話した、その「いれかわり」のトリックは難しいものではなかった。今回のトリックの主役の「知的障害者」といわれている者たちも、十分理解できているようだった。
うまくいきそうだ、と思い、ダイゴ医師は、野崎英一らに協力することにした。
そして、ふとダイゴは思った。
この「いれかわり」のトリックも、こんなレベルで使う分には悪戯で済むから罪が軽いけれど、犯罪でつかうレベルとなると洒落にならない。
とはいえ、もともとの発想としては、ふたつのレベルは同じ程度だ。
名づけるなら、「受刑者、ボランティア演奏、参加作戦」。
まず、その受刑者は、腹の調子が悪くなり、刑務所職員に医務室に連れられてきた。
ダイゴ医師は診察し、奥のベッドでしばらく休息するように勧めた。
次に「つくし」からも、演奏のための「かぶり物」を身にまとった「急病人」が、演奏前に調子が悪くなった、と医務室へやってきた。もちろんそれは「仮病」なのだが。そして彼も、ダイゴに言われ、奥のベッドで休息することになった。
今日のバザーの日では、医務室は、受刑者の急病人も一般の急病人も、両方受けいれることになっているのだ。
休息用の奥のベッドの横には、ついたてがあって、すぐには、外から見えないようになっている。ついたての向こうで、ふたりの「病人」は、お互いの衣服を交換する。
そして、体調が回復した「かぶり物」をかぶった『受刑者』が、その「一般の急病人」になりすまして、医務室の外へでた。
そして、「つくし」のステージに合流、演奏開始。
無事、彼のステージ上の演奏は終了。ドラム演奏で、受刑者たちから拍手喝采をあびた。
ステージ終了後、彼は、再び体調がわるくなり、再び医務室へいかねばならなくなった。もちろん、仮病だ。
医務室でダイゴの診察を受け、再び、ついたてのむこうの休息ベッドへ。
そこで、ベッドに残っていた「つくし」の一般人と、「かぶり物」と衣服をまた交換した。
最後に、「いれかわって」またもとに戻った二人は、病気が
なおった、とそれぞれ医務室を出ていった。
一人は「つくし」の仲間のもとへ。
もう一人は、受刑者の並ぶ列の方へ。
無事、「こと」が済むと、ダイゴは 野崎英一に言った。
「半年後、野崎さんが刑務所から出所したら、飲んでもらいたい日本酒があるんだ。きっと、飲んだら野崎さんも感激すると思う。そんな日本酒なんだ。出所祝いも兼ねて、是非とも」
野崎英一は、了解した。
こんなところで、また会うなんて、ダイゴ医師と自分は何かの縁があるのだろう。
なにしろ、ぼくの素状をぼくに教えてくれて、ぼくの過去をあきらかにしてくれたのは、ダイゴ医師だ。たとえ、その過去が、記憶にない犯罪者としての自分だとしても。
野崎英一は、その日を楽しみに、医療刑務所での懲役、知的障害者の犯罪者のお世話にはげむと、ダイゴに約束した。
だが、その日はこれだけでは終わらなかった。
3
楽しいはずだった、そのバザーの終わりごろ、入所者の一人、障害者の少年が、施設職員を包丁で刺すという事件がおきたのだった。幸い、刺し傷は致命傷ではなく、その施設職員は命に別条はなかった。
少年は、20歳の男性。いわゆる、障害支援区分では5。療養手帳は重度で、特別支援学校の高等部を卒業してから、ひまわり苑の、就労支援B型施設に通っていた。
施設内での移動はできるが、必ず付き添い職員がついていた。気になる物音がすると咄嗟に走ってしまうためだ。
彼には、聴覚過敏があり、イヤーマフを使用していた。例えば、子供の泣き声を聞くと、不安定になって、その子の腕や髪を掴んでしまうのだという。
施設では、厨房で作業をしていて、職員の見守りの下で包丁をつかっている。ガスコンロは危険なので、使用できない。声かけで、盛り付け、配下膳や、野菜・食器洗うことはおおまかにできていた。
悲劇は、施設の一日の終わり、に起こった。少年の付添の職員が用をたしに厨房の外にでて厨房に戻ると、そこで、包丁を刺され横たわっている厨房職員と、その横でぼんやりと座り込んでいる少年を発見した。
施設内の1台の監視カメラが、その惨劇をとらえており、そこには、職員を包丁で刺す、少年の姿がうつっていた。
「その中で、ぼくが、少年の行動で少し気になることがあってね。ダイゴ先生にも、そのビデオを見てもらいたいと思って、警察に頼みこんで、もってきたんです」
野崎英一は、DVDを、TVのDVDデッキにいれた。
ひととおり見終わると、ダイゴは言った。
「じゃあ、野崎さんの気になるところが、どこか?最初からもう一度みていこうか」
ダイゴは、リモコンを操作した。
「まず、最初の場面。厨房に、職員と少年が座っている。そして、少年は、厨房から一度、付き添いの職員と共に外へ出ているね。ひとりで、もどってくるとき、つけていたイヤーマフがなくなり、手に大きな目覚まし時計を持っているね。野崎さんが、気になるのはここかい?」
「ええ」
「少年がもっていた、目覚まし時計は、何なんだい?」
「あれは、タイマーです。この少年、なかなか我慢ができないんだけど、タイマーをわたして1時間待つんだよ、というと時計をみておとなしく待っていられるそうです。ぼくが用をたしてもどってくるまで、15分ほどこのめさまし時計をみながら待っていてね、と付き添い職員が渡したんだと思います」
野崎は、毎日、この医療刑務所で働くうちに、収容者個人個人についての情報に、詳しくなってきたようだった。
「でも、厨房の外へ少し出て、戻ってきたとき、彼を抑制してくれる、イヤーマフがなくなっているのは変だな。それがないと、彼は、職員に暴力をふるう確率がふえる。少年の付き添い職員は、そのことを知っていたはずだと思うが」
「そうなんだね。ここで、少年が、厨房職員の手を持って、手をぷるぷる振っているが、これは何?」
「知的障害の精神遅滞特有の行動です。最初、職員の手をもつのは『クレーン現象』とよばれているものです。少年は、自分の手を使うかわりに、厨房職員の手を使おうとしているんだと思います。そして、その手をプルプルさせているのは、疲れて手を振っているだけのようにもみえるが、ひょっとすると『逆さバイバイ』かもしれない。バイバイするとき、普通、手のひらを相手にむけますよね?でも、精神遅滞のある子では、逆に手のひらを自分にむけるんです。厨房の外に、出ていった付き添い職員に、さよなら、をしているかもしれない」
「そして、この場面、厨房で、包丁を握って暴れはじめた少年を、厨房職員が、止めようとしている。そして、二人は、もにあいになり・・・少年は、職員を包丁で・・・刺した」
「ええ。やはり、ぼく、イヤーマフがなくなっているのが気になるのです。誰が、はずしたのか?はずすと、危ないということは、付き添い職員なら、わかっているはずなのに」
「野崎さんは、ずいぶん、彼について詳しいね」
「まあ、知的障害者のある入所者のお世話をするのが、ぼくの入所中の仕事ですから、把握しておかないと。彼が居た家庭。少し特殊です。彼の両親は10人の障害の子供を産んで育てている。両親もまた軽度の障害者で仕事に就けないのだが、子供も両親もそれぞれ、障害基礎年金をもらっていてね。一月8万から10万。自分たちと、子供たち10人。あわせて12人X10万円=120万円の月収があるそうです」
「なるほど」
野崎英一との会話を参考に、ダイゴは、DVDを見た後、警察に自分の推理や疑問を話した。
(これでは、いつものクニイチの役回りを、ぼくが「入れ替わり」でやっているようみたいだ)
と、心の中で少し、苦笑しながら。
ダイゴの意見を、警察は軽視しなかった。
そして、捜査していくうちに、付き添い職員がその厨房職員に対して、個人的な恨みをもっていたことがわかった。さらに、少年の行動を抑制するタイマーが、実はセットされてなかった、ということもわかった。また、聴覚過敏のその少年がいつもしている、雑音を遮断して行動抑制するためのイヤーマフも外されていた。捜査の焦点は、付き添い職員が少年に職員を包丁で刺すように指示したかどうか?ということになった。
ダイゴは、新たに少年の付添になった鈴木英一と共に、警察での、少年の事件調書作成に同席させてもらうことになった。
少年は、時間つぶしなのか、絵本を1冊もってきて開いていた。本は、逆さまになっていて、本当に読んでいるかは不明だった。そして、例のイヤーマフをして、目の前には、あの「タイマー」が置かれていた。
「聞きたいのは、あなたは、包丁で人を刺すようを命じられたか?ということだ」
「命じられたか?ということだ」
そう答えたのは少年だった。質問に対し、おうむ返しをするのは、知的障害者の特徴のひとつだ、と鈴木はダイゴに説明した。残念ながら、少年から、論理の通った話をひきだすのは、むずかしそうだ、と。
その少年の事件当時の付き添い職員は、こう証言がした。
「私は、命じていない。この子が、勝手にやったことだ」
「でも、子供がかっとこないように身につけていた、イヤーマフとタイマーをあなたは、子供からとった。まるで、子供が暴れることをけしかけるように」
「悪意のある言い方をするね。ありえない。イヤーマフもタイマーも、たまたま、そのとき忘れただけだ」
その日、医療刑務所からもどった、ダイゴは、いつものようにクリニックの2Fを訪ねた私に語った・
「これでは、付き添い職員の有罪を立証するのは、難しそうだね。でも、今回の事件のことで、ぼくには、野崎英一氏に、上原岳人がまだ生きているということを含めて、今回の一連の話をする気持ちがかたまったよ。彼は、記憶障害はあるが、判断力はとても優秀だし、正義感もある。われわれの話を、よく理解してくれるはずだ」
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