⑥「シン・開業医心得」 第1章の1より 近藤誠医師による、いわゆる「がんもどき」理論について
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「シン・開業医心得」 目次
プロローグ
第1章 シン・開業医心得
1 世間で時々聞く「医者に殺されないように」という文句に殺されないように
2 開業医での経験
第2章 開業してようやくわかる医療制度の問題点
1 たまに話題になるが、よく知られていないことがらについて
2 医療、介護制度の盲点
エピローグ 提言
第1章の1より
近藤誠医師による、いわゆる「がんもどき」理論について
最初に、この理論を聞いたのは、ぼくがまだ研修医だった1990年代のはじめのころだった。
まだ医者としては半人前で、半分、一般人だった、ぼくの心にはこの理論は響いた。
とくに、上の先生にならって多く処方していた「UFT」という経口抗がん剤が、(決して多いわけではなかったが)副作用のわりには効果が投与していても実感できなかった、ため、もしかすると、と迷ったりしていた。
当時の、上の先生の扱いは、がんもどき理論が「迷信」というクリアなものだった。臨牀の現場をよく知らない医者は、昔から、奇をてらってか、こういうことを言う、と。
その「がんもどき」に対する扱いは、当時とても多くがん患者につかわれていた「アガリスク」という健康食品に対するものと同じだった。
それから、時を経た、今、ぼくがいえること。
まず、「アガリスク」は、今使う人が激減した。その、宣伝のために使われていた「体験記」が、1から10まで、ねつ造、ということが暴露もされた。
それにしても、1から10までねつ造する、という人間の創作力は、それはそれで、たいしたものだ。また、アガリスクによる肝機能障害の程度は、毒キノコによる劇症肝炎の話が持ち出されるくらいエスカレートしたが、こちらは、「アガリスク」批判者の勇み足。肝機能障害はあるにせよ、そこまではひどくはない。
「UFT」などの抗がん剤の効果は、2000年以降の、大規模臨床試験の結果を待たねばはっきりしなかった。実は、1990年代のはじめは、その効果は、未知だった。つまり、自信たっぷりに「効果あり」と言っていた当時のぼくの上司も必ずしも正しくはなかったのだ。
そういう意味で「がんもどき理論」は鋭いし、遅れていたし今も遅れている、日本の抗がん剤の臨床試験を改善するひとつの契機にはなったといえる。
後からでた、臨床試験の結果をおおざっぱにいえば「UFTは効果あり。だが、その効果の大きさは、統計的に検出できるが、実感としては感じにくい程度だ」というものだった。
「がんもどき理論」は、まったく、いわゆる「医学論文」ではない。なので、医者同士、あるいは研究者の間では、話題にさえならなかったし、今もならないものだ。
医者が、それに反応したのは、「がんもどき理論」に反応した、一般の人が多かったからだ。まるで、「アガリスク」という健康食品のように、その理論は、一般の人を迷わし、まわりまわって、臨牀現場に混乱さえ招くくらいの影響力を一時与えていたからだ。
そして月日は流れ、「アガリスク」は、その結果が1から10までウソだったゆえに、消えた。一方、「がんもどき理論」は下火になっても、なくなりなしなかったし、一般人に影響を与え続け、「菊池寛賞」というものの対象にもなった。ウソの中にも、一部の真実をふくんでいたためだろうか?
「がんもどき理論」は下火になっても、なくなりなしない理由をここではふたつあげてみたい。
まず、第一に、今もなお、がん治療の限界は大きいということだ。例えば切除不能大腸がんはこの10年の分子標的薬やオーダーメード医療によって、(なんと)5年生存率が2年→3年と延長された、という。
だが、ぼくは「なんと」とは思わず、「まだ。やっと」と思う派だ(そして、意地悪をいえば、PFS=悪化しない期間、はかわらない=QOLはそうよくなっていない)。
そして、ぼくは、統計的にのみ効果がわかり効果は実感されない、というとき、統計的手法はすばらしい、とは思わず、「まだ、そこまでしかがん治療は進歩していないのだ」と思ってしまうのだ。
第二に、人の寿命に大きな影響を与えているのは、相変わらず、戦争がないことや公衆衛生の改善、だということだ。発展途上国や紛争地に、抗がん剤があっても、なんの役にもたたないし、その国の平均寿命をのばすことには、まったくといって役にたたないのだ。
「がんもどき理論」というのは、その正しさも間違いも、現実的に検証することができない、という奇妙な理論だという事実は特筆に値する。なぜなら、早期のがんを治療せず放置したらどうなるか?ということを数多く観察することは、現在「医療倫理上ゆるされない」からだ。
ぼくが数多くみた胃がんについていえば。正直、ぼく個人は、治療されず放置された早期胃がんは2例しかみたことがない。今の日本では、もう長い間、早期胃がんはすぐに治療(手術)されてしまう。それは、最初医者のいうことを聞かなかった(それは本人の性格だったり、金銭的時間的余裕がなかったり)患者があとから考え直し、医者のいうことを聞くようになったという、「とてもめずらしい」2例だった。そして、その2例とも、その早期胃がんは、3年後は進行がんに成長していた。だが、2例とも遠隔転移はしていなかった。そして手術によって治療し再発はなかった。
実際、早期胃がんを治療せず放置したらどうなるか?ということを数多く観察することは、現在「医療倫理上ゆるされない」。なので、現在は確かめようがないのだ。確かめるには、早期胃がんの発見がむずかしかった、過去の時代のデータをたどるしかない。そして、そのような記録では、今より胃がんによる死亡率が高いというのはたしかに事実なのである。
ただ、胃がんとは違うが、乳がんは、ぼくが研修医の頃でも、(今のような、早期乳がんばかりではなく)放置された進行乳がんの数がけっこう多かった。そして、その多くは、わかってから、悲惨な経過をたどった。
早期乳がんに関しては、これは放置してはいけない、とかなり自信をもってぼくの個人的な経験からだけでも言い返せれる。
いずれにせよ、忘れてはならないのは、今もなお、切除不能の乳がん、あるいは再発乳がんをなおす方法は(抗がん剤、ホルモン剤、免疫チエックポイント阻害薬、あるいは放射線あるいは重粒子線、をもってしても)できていない(最後には、がんの進行が抑えきれない)ということだ。
まだ、がん治療には残された課題が山積みなのだ。
それに向き合っている人と、「がんもどき理論」を提唱するだけの人と、その差はあまりにも大きい。
①へのリンク: ①「シン・開業医心得」 プロローグ|kojikoji (note.com)
⑦ヘのリンク: ⑦「シン・開業医心得」 第1章の2より |kojikoji (note.com)