お散歩シリーズ第2話「蛇の道篇- 蛇崩川緑道に潜む魔物編」
保坂耕司です。
本日は前回の続編でお送りしていきます。保坂兄弟列伝の第2話となります。
保坂耕司と兄の学がいく二人のお散歩ストーリーをお楽しみ頂けます。
前回は世田谷区から蛇崩川緑道へと入り歩いていった。
二人の心情を描き、散歩へ挑む心の影法師。今回はどのような散歩ストーリーになるのでしょうか。お楽しみください。
散歩コースは夜の蛇崩川緑道
前回二人はお互いの信頼関係をさらに強く深めて歩き出したところだった。
お互いがお互いを思いやる気持ちは二人に清々しさすら与えた。
耕司も学も晴々として表情からもそれは読み取る事ができただろう。
その二人の表情とは打って変わって夜の蛇崩川緑道は静けさを保っていた。
まだ夏の香りを残す気温は歩き始めて30分以上経つ二人の服を汗で張り付かせるには十分だった。
保坂兄弟は汗でびっしょりだった。
健康のためにウォーキングが推奨されている理由がわかった気がした。二人は一心不乱に歩き続けている。夜の蛇崩川緑道の静けさを切り裂くように。
緑が生茂る緑道に揺らぐ気持ち
緑道というだけであってずっと緑が絶える事なく左右にみられる。
歩いていて気持ちが良い。
しかし、蛇崩川という川が流れている訳ではなかった。都内の緑道にはよく人工川が流れている。
川に沿って緑が続くよう設計されている事が多いように思う。
しかし、蛇崩川が一切見当たらなかった。
なぜそれなら「川」という文字を使ったのだろうか。
保坂学もそれが気になっていたようだった。
「耕司、川がないねぇ?」と学は言った。
「・・・・」耕司はハッとした。
確かに川がない。
辺りを見回しても川が一切ない。
川のせせらぎが聞こえてくるのではと耳を澄ませる。
聞こえてこない。
なんだか気味が悪い。
汗で濡れた服が体に纏わり付き、吸い付いて離れない。
そんな感覚に急に襲われた。
やはり第1話で話したように、心の変化が即座に反応するのが散歩の恐ろしいところだ。
川という存在を意識してしまっただけで二人の気持ちが川の流れのように揺らいでいた。
深呼吸
保坂耕司はサッカーを心得ていたスポーツマンだった。
身体の使い方には慣れている。
一方兄の学は社長業を長く続けていた事もあって体より心(メンタル)の使い方を熟知していた。
二人は違う別々の強みがあったが、その時にとった行動は一緒だった。
心身ともに落ち着かせるにはまず落ち着いて深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く事だ。
もしくは、そこはある意味兄弟っぽいところが出たのかもしれない。
スーーーーハーーーーー
夜の蛇崩川緑道から二人の呼吸音が聞こえてくる。
スーーーーハーーーーーーー
吸った息よりも吐く息を意識する事が大事で、吐く方が吸うよりもゆっくりと吐き出す。
徐々に二人は自分を取り戻していった。
この散歩での呼吸法がのちの2人を救う事になるとはこの時はまだ知る由もなかった。
途切れ途切れの道
蛇崩川緑道はずっとまっすぐに続いてはいるのだが、途中で途切れ途切れに道路が横切っている。
道路を渡ってまた緑道が続いているのだ。
区画毎に道路が邪魔をしてくるようだ。
2人のタイミングがズレ始める。
しかし歩き出しすぐにお互いの歩調はピタリと合ってくる。
合ってきたと思いきや道路にぶつかる。
その繰り返しをしていた。
なんだかリズムが一定に保てずに調子が上がりきる前に水をさされる気分だ。2人の間に一瞬緊張が走った。
魔物の正体
なんだか拭い切れないのはこうしたリズムを狂わせる緑道の作りだった。
途中でタイミングをずらされる。
そしてまたしばらく続く緑道に調子が上がってくるがまた止められる。
この繰り返しは心のリズムを一定に保つ事を許さないようだった。
その証拠に2人の歩幅に狂いが生じている。
お互いがお互いのペースを読み合ってしまうからだ。
耕司の歩調に合わせようとしているのに、耕司は学の歩調に合わせようとする。早くなったり遅くなったりと乱れ始めていた。
そうなのだ、この乱れこそが魔物の正体といえるのだ。
しかしそこは兄弟ならではの阿吽の呼吸が発揮される。
保坂兄弟はお互いに目を合わせた瞬間に一度立ち止まった。
そして深呼吸をひとつ。
また歩き出した。するとどうだろうか。
また歩調リズムが整うではないか。
保坂耕司はなんだか嬉しくなった。学とひとつになったような気がしたからだ。
蛇崩川緑道でまた一つの経験を積み、2人でする散歩の難しさ。そしてそれに打ち勝つためのやり方を体で覚えた。
魔物の正体は2人の間で揺れ動くのだ。