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ビッグバン宇宙論は間違っていた!?(その1)

宇宙の始まりと聞くと、今でも「ビッグバン」と連想する人が多いのではないでしょうか?

細かくはその前に超膨張する「インフレーション」論が主流ですが、ただそれだけ普及した証とも取れます。

この言葉は、旧ソ連の科学者ジョージ・ガモフによって伝道され、この人が名付け親と誤解するほどです。「シンギュラリティ」という言葉を広めたレイ・カーツワイルに似ていますね。

細かく言えば、ガモフの論敵フレッド・ホイルが某番組で揶揄したのが発端とされており、それを聞いたガモフが面白おかしく普及させた、という顛末です。

実はガモフはこういった、ある意味子供っぽい「いたずら」とも取れる行動をよく起こします。

このビッグバン理論ですが、ざっくりいえば初期宇宙は超高温・超高密度の火の玉状態から徐々に広がっていった、というものです。

そして、この広がっていく過程で水素・ヘリウム・・・といった元素が重い順に形成された理論を、ラルフ・アルファーという若い研究者と一緒に完成させました。

が、「アルファ(α)」と自分の名前(ガモフ→ガンマ(γ))という符号に気づいたガモフは、なんと自分の有人でもあったハンス・ベーテ(一応高名な天文学者で、ガモフからの相談を受けて助言もしてはいます)も共著者に入れて、アルファ(α)・ベータ(β)・ガンマ(γ)理論と名付けてしまいます。

これ本当の話です・・・。相当アルファは怒り心頭だったようですが、まだ若手だったこともあり、しぶしぶ受け入れたようです。

しかも下記2つ目の記事によると、さらに悪ノリして(次のギリシア文字にあたる)デルタ(δ)を巻き込んでその進化版を作るべく、研究仲間(ロバート・ハーマン)に改名までさせようとしたという・・・。
ここまでくると、畏るべしガモフ、というべきでしょうか?

元論文は1948年に科学雑誌に(承認の上)公開されたのですが、それに対して日本の研究者から物言いが入りました。

湯川秀樹の教え子にあたる日本の天文学者 林忠四郎(ちゅうしろう)です。

林の指摘は、ビッグバンが始まって2秒以内ではヘリウムより重い元素は形成することはできない、というものです。
核反応以前(陽子・中性子・電子がバラバラな時代)の相互作用を時間変化で計算した(水素7割、ヘリウム3割)、というコンピュータもない時代にすごい業績です。

この指摘は認められてオリジナル論文は1950年(2年後)に改定されます。
こういった経緯もあり、人によっては、「アルファ・ベータ・ガンマ・ハヤシ理論」と呼ぶこともあるそうです。

林忠四郎はその後も宇宙物理に多大なる貢献をし、特に恒星の進化論に多大なる貢献をしています。

ざっくりいうと、星が落ち着く状態(主系列星と呼ばれます)になる前に、有効温度が落ち着いても収縮する段階があることを解明しました。(「林フェイス」と呼ばれます)

さらに恒星やその周りをまわる惑星の形成過程を総合的にまとめた標準モデルの確立に尽力し、京都大学の研究者が中心になったことから「京都モデル」とも呼ばれ、有力とみられています。(参考ソース

ガモフは比較的ビジョナリーな方ですが、ビッグバンという言葉を誰もが知る(ゲームなどにもよく使われる)まで広めた貢献は素晴らしいと思います。

一方で、林忠四郎のように、ガモフほど知られてはいないですが、丹念に積み上げて精緻なモデルを創り上げる理論家も重要です。

ビッグバン理論が大きく揺るがされたわけではないですが、必ずしも一人の天才がひらめいたアイデアではない、という1つの好例です。

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