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【書評】森川すいめい『その島のひとたちは、ひとの話を聞かない』--相手を説得しないこと

 自殺について取り組むとき、今まで精神医学や社会学では、自殺が多い地域について考えてきた。でもそれとは正反対に、自殺が少ない地域について考えてみたらどうだろう。そこには自殺を予防し防止する、何らかの因子があるのではないだろうか。
 こうした新しい考えに基づいて、筆者はフィールドワークを行う。そこで見たのは、他となんら変わらない田舎のようで微妙に普通とは違う人間関係を保つ共同体のあり方だった。
 たとえば自殺希少地域では、人は相手の意向を気にせず、この人困ってるな、助けたいな、と自分が思ったらパッと助けてしまう。しかもその人の問題が解決するまで付き合う。自分一人で無理なら、なんとか解決できそうな人や組織につなぐ。
 そしてまた、自分が助けた人からの見返りを一切求めない。それでもみんながそうだから、助けの輪がぐるぐる回って、結果的には皆が皆に助けられている。
 その他、違いを認めるという部分もそうだ。自分をしっかりと持った人が多い。だから他人から何かを勧められても、自分が興味を持たなければ取り入れない。
 けれども、自分がしっかりあるからこそ、相手の考えも認める。こうやって違いを認め合うから、自ずから男女も平等な関係が保たれる。
 コミュニケーションのやり方にも特徴があるらしい。助言したりして相手を変えようというコミュニケーションを、こういうところの人を取らない。相手の話を聞いて自分が思ったことを言う。そしてまた相手の話を聞く。こうした対話を通じて、相手が自ずから変わっていくのを待つ。
 そこには、相手も自然も変えられない、ただ自分にできるのは工夫だけ、そして自分を変えることだけ、という叡智がある。こうした気づきに著者が次々と至る姿はスリリングだ。
 しかも彼はその気づきを、ドラッカーの考えやオープンダイアローグという思想と関係させていく。そしてコミュニティの知恵を世界に開くのだ。
 こうした繊細で大胆、そしてパーソナルで同時に理論的な本は僕は大好きだ。読んでいてすごく気持ちのいい時間を過ごせた。

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