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大人の発達障害グレーゾーン 自閉症の息子との接し方

※この記事は2024年10月24日に更新されました。

発達障害グレーゾーンのKojiです。

「日々感じている生きづらさを克服する!」
をテーマにnote記事を更新しています。

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私には、自閉症とてんかんを持つ中学生の息子がいます。

私自身も発達障害のグレーゾーンにいることから、
「どうしたらいいんだ!?」と頭を抱えることも多く、
息子との接し方には多くの苦労があります。

しかし、自分が発達障害グレーゾーンだからこそ、
息子のことを誰よりも理解したい
と思っています。

今回は、その自閉症の息子との接し方について共有します。

1. コミュニケーションは図と文章で補足する

息子はいまGarage Band(ガレージバンド)という、
iPadで音楽を打ち込むソフトにはまっています。

例えば、合唱コンクールのピアノ楽譜だったり、
Youtubeでピアノ演奏と一緒に表示されるピアノ譜を
打ち込んで遊んでいます。

各小節を打ち込んでは聞いて再生してチェックし、
正しく打ち込める毎に達成感を味わっている様です。

一曲打ち込み終わったときには、
祝賀会モードで「聞いて聞いて!」と披露してくれて、
得られる達成感もとりわけ大きい様です。

実際のところ彼は楽譜を読むのが得意ではないので、
正しく打ち込むのは時間がかかります。

特に複雑な音階・リズムだと私に助けを求めてくるので、
私は山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ
」を実践しながら、
彼に教えています。

しかし、彼はいつも私の説明のほとんどを理解してくれず、
切ない気持ちになります。

私の説明が下手なのもありますが、
「これぐらいは説明しなくてもわかるだろう」という
基本の基本(4分音符と8分音符の違いとか)についてさえも、
息子は口頭での説明では理解してくれません。

彼にとってはそれぐらい口頭での説明というのは、
言葉の意味を頭の中でイメージすることが出来ないためピンと来ず、
理解しようという気持ちが起きないのです。

私なりの例えとしては、簡単な内容であっても
英語で説明されると内容が頭に入ってこないという感覚です。

なので、どんなに基本的なことであっても、
私から説明するときは面倒くさがらずに
息子専用ノートに図を描き、説明文を書くようにしています。

説明に限らず、日常的な会話であっても、
時にはノートでの筆談にするようにしています。

そうでないと息子は、
よっぽど彼が話したい話題でない限りは
彼は聞いた言葉の内容をイメージすることが出来ず
すぐに会話が成り立たなくなってしまいます。

2. 怒ってはならない

私自身発達障害グレーゾーンであり、
息子が自閉症を持ってしまっているのは、
私に原因があることに罪の意識を感じています。

とはいえ、私も親である前に人間ですので、
息子とのコミュニケーションがうまく取れない時には、
イライラして息子に怒りつけてしまうことがありました。

しかし、息子を怒りつけることで良い結果となったことは、
ただの一つもありません


怒りつけたところで息子が心を閉ざす、
つまり二人の心の距離が遠ざかる一方です。

結果、私自身も悲しい気持ちになります。

一度遠ざかった心を再度近づけるには長い時間を要するので、
兎にも角にも私は怒りを面に出さないことが、
お互いの関係を構築する第一歩としてとても重要と考えています。

自分自身は会社で上司に怒られると、
「会社に求められる成果を出せないなんて自分は不要な人間だ」
とネガティブ思想が頭の中でぐるぐる回って、
上司との関係性に影響が強く出ます。
(上司からしてみれば必要な指摘をしただけですが、
それを私は「怒られる」と捉えてしまっています。)

「怒られる」ということ対して
自分自身が強い拒否感を持っているにもかかわらず、
私が息子に怒りつけるというのは自分勝手極まりないことです。

3. 受け入れる

怒りを感じざるを得ない状況において、
怒りの感情を処理する方法は「現状を受け入れる」です。

怒りの感情を処理しようとしても、
感情はどこかに消えてなくなるわけではありません。

北斗の拳でいうと、トキの柔の拳のごとく流れに逆らわず、
現状を受け入れるのです。

ガレージバンドで音符を打ち込むことで例を挙げると、
息子が音符を正しく打ち込めず私に「教えて」と言ってくる
ときがあります。

その場合、私が例えの図を描いて、説明文も書いて、
口で何度も説明しても、息子は「わかんない(怒)」の一言だったとします。

その時の私の感情は、
「せっかく説明しているのに、ろくに考えもしないで
 簡単にわからないって言うな!」
という感じです。

しかし私が思うには、彼は私の説明自体が分からないのではなく、
そもそも私の説明を分かろうとする気がないと考えています。

なぜならば、彼はわからないことを教えてほしいのではなく、
代わりに私にやってほしいときでも「教えて」という
表現を使うからです。

息子が「教えて」と言われたから私は教えようとしましたが、
そもそも息子は自分の気持ちを適切に言葉にすることが出来ないのです。

「受け入れる」というのはまさにこの部分であり、
息子は自分の気持ちを言葉に適切に言葉にできないので、
察してあげる必要がある、ということです。

怒ってなにも良いことは起こらないと前に書きました。

実際に息子の気持ちを察したとき、
「息子はいま私に怒ってほしいんだな」なんて判断することは絶対なく、
怒ることが正解になり得ないです。

怒らず察してあげることで、息子自身がやる気を取り戻し、
新しいことにもチャレンジするモチベーションを得て成長につながります。

そもそも、私が息子の成長を感じることが出来ていれば
私も満たされるので、怒りを感じにくくなります。
結局は、怒りを生んでいるのは自分自身ということになります。

・・・ちなみに、「受け入れる」ということは、
血のつながった親子でさえも難しいのに、
会社の上司が期待通りに成果を出すことが出来ない部下のことを
受け入れて話を聴くなんて、あり得ないように思います。

4. まとめ

今回の記事の内容のまとめは、
発達障害を抱える人が成長していくには、
その人が今何をどのように感じているのかを
周りの人が察して接することが重要となります。

実際、私自身も自分の感情・考えがよくわからず、
言語化できないことが多いです。

それにもかかわらず会社では「考えていることがあるならはっきり言え!」と言われることも多く、強いストレスを感じます。

発達障害の方の生きづらさを緩和するには、
周囲の人々が理解を示して接してくれることが必要となります。

しかし周囲の人々が発達障害について理解してくれるかどうかは、
自分ではコントロールできない要素です。

自分でコントロールできるのは自分のことなので、
自分自身のことを言語化できるようにし、
周りの人に理解してもらう努力が必要です。

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