|低山ハイク|秋晴れ二上山、銀峰〜雌岳、大和十三仏霊場[當麻寺・中之坊]
2024年11月10日
近鉄「二上山」駅、
9時ごろ着。
改札出て左、
踏切待ち。
3人連れの男性が2組と
年配の女性1人。
1組はメンバー待ち。
踏切渡り、
他の人は、
突き当たりを左折を
見送り、
右折して登山口へ。
夏の「なごり」
秋の「はしり」
登山口からの眺め、
登山口には
先程の
年配の女性、
別ルートから先着。
少し時間をあけ、
いつものように
獣よけドアを開け
鍵をかけて、
心地よい道。
ぼんやりと
歩いていると、
何もないところで
足首を「ひねり」
捻挫する。
ただ、
捻挫というほど
続く強い痛みはなく、
ひねりというほど
単調ではない、
これは、やっぱり
関西弁の
「ぐねる」だ。
時々あったが
瞬間に、
飛び跳ねると
まったく
痛みがない事が
多い。
ただ今回は
しばらく
痛みが続く。
もう下山の人も
数人あり。
犬を連れた人。
池を越え、
右折して
「銀峰」方向へ
木の根の道、
左右にも
細い枝道があるが、
今回は真ん中。
急坂が
続き、
歩くことに
集中すれば
もう痛みは
感じない。
先程の
年配の女性が
立ち止まり
上を見上げ
キョロキョロ
している。
どうやら、
道を確かめて
いるらしい、
少し話し、
追い抜く。
しばらく
過ぎて
石を
転がしてしまう。
距離があって
途中で止まる。
よかった、
声かけ
謝る。
傾斜角度があると
ゴロ石は
スピードが出て
止まらない、
気をつけなければ。
やがて、
道は
歩きやすくなり
案内あり、
左折。
尾根道に
出ると
風が
心地良い。
樹々が
開け
遠くが
見え、
上りきると、
ベンチのある
休憩場。
太陽を背に
休憩。
尾根道を行く。
銀峰の
プレートが
新しくなっている。
そのまま歩き、
山影の急坂、
地味な
長い上り、
2つ目の
ベンチの手前を
右折し、
アップダウンのない
脇道へ。
眺めの良い
脇道。
馬の背の
手前に
出る。
真っ直ぐ
雌岳へ
長い階段を
上る。
雌岳山頂。
気温は22℃、
474m
山頂の広場には
日時計。
見晴らし、
良し。
日当たりも
良すぎる。
ので、
馬の背に
下りて
昼食、10時半ごろ、
コンビニ弁当。
裕泉寺への
ルートを
下る。
何組かの
家族連れが
上ってくる。
急坂が
続く。
綺麗にされて
歩きやすいが
急坂は
難しい。
近畿自然歩道は
環境省の管轄
裕泉寺、
紅葉には
もう少し。
アスファルト道を
下る。
裏向不動明王
公式は
見当たらないが、
ネットを調べると
「役行者が二上山に入り、祐泉寺のある地に草案を結び、不動の滝で難行苦行の末、ついに大日如来を感得した。みずから不動明王の像を石に刻み、滝のほとりに安置したが、御霊力があまりに烈しく、人はその前で倒れ、あるいは転げ落ちるので、像を地に埋めて裏向きにしたので、いつの間にか裏向不動明王と呼ばれるようになった。」
という内容が、
当麻村誌に
書かれているそうだ。
おもしろい。
大池から
東を望む、
少し歩いて
振り返る。
町中を
歩き、
當麻寺
黒門より
入ってすぐ
左側には
竹之坊
本堂(曼荼羅堂)
左、
東門出口の
方向には
當麻寺中之坊
入って、
玄関のような所
受付と
授与品やお土産売り場。
大和十三仏の御朱印を
お願いして、
拝観(お庭)500円。
剃髪堂
中将姫が
剃髪されたお堂。
本尊は「導き観音さま」
大和十三仏の
弥勒菩薩もこちらに
おられるようだが、
よくわからない。
未来の世に
お釈迦さまと
同じ如来となって
この世に降り立ち
「未来仏」とも
いわれる。
左奥、
お庭への入口
の奥、
鎮守社としてお稲荷さんは
工事中。
その右には
龍王社。
庭園「香藕園(こうくうえん)」
「死者の書」の
折口信夫は
9年間、
ここに
滞在していた
そうだ。
「死者の書 」は
中将姫の物語
「死者の書」は
近藤ようこの漫画で
読んだが、
この作者は、
澁澤龍彦の「高丘親王航海記」や
中世の口承文芸「説経節」の「小栗判官」、
それ以外にも、
中世の日本が
舞台の一連の作品を
漫画化している。
絵にして見えるので、
作品の世界観が
よくわかり、
おもしろい。
これは
ブロッコリー
なのか?
案内に沿って
ぐるりと
回って
元の受付の横に
御朱印を受け取り、
當麻寺中之坊を
出る。
本堂を
振り返る。
仁王門(東門)から
参道の眺め、
しばらく歩くと、
右手に
おみやげ「和」
大和出雲人形がある。
眺めていると
良い具合に、
女将さんが
お茶を出してくれる。
ただ、
あるのは
相撲取りの人形が
2点のみのようだ。
伏見人形より
素朴な形だが、
色味は
くっきりしている。
以前には
大国さんを
買っている。
女将さんに
他はないかと
尋ねると
店にあるのは
これだけとのこと。
長谷寺へ向かう
国道165号線沿い
桜井の出雲という所で
作っているそうだ。
長谷寺の参道の土産品
地名の由来は
島根県の出雲
出雲大社の出雲が
関係あるのだろう。
「けはやもち」という
ヨモギもちを
買い、食べながら
歩く。
途中には、
當麻蹶速塚(たいまのけはやづか)
隣には
相撲館「けはや座」
近鉄「当麻寺」駅
12時半ごろ着。
二上山の東麓は
役行者の私領で、
最初の修行地が
ここ當麻だという。
當麻寺はもともと
弥勒仏の寺として
創建されたが、
いつからか
當麻曼荼羅の寺に
なったという。
二上山の
帰り道として
認識だった
當麻寺は、
役行者に
中将姫、
當麻蹶速(たいまのけはや)、
まだまだ何か
ありそうだが
また今度、
ありがとうございました。
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