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【推しの子】『アイドル』2番の歌詞と書き下ろし小説『45510』の関係を考える

(原作のネタバレ等はありませんが、アニメ1話視聴後に読んでもらうことを想定しています。)


この4月からアニメ版【推しの子】が放送開始ということで軽い気持ちで見始めましたが、めっちゃオモシレ~~~~ですねこれ。
本編はもちろんですが主題歌としてYOASOBIが書き下ろした『アイドル』もクオリティが凄まじく、まさしく星野アイという存在を体現したような名曲。好き。

『アイドル』は正確にはアニメ化に合わせて原作者の赤坂アカ先生が執筆された『45510』という短編小説を元に作られていて、
例えばAメロの「今日何食べた?好きな本は?」といった質問は小説内でアイが行った配信のリスナーから投げ掛けられたコメントと同じです。

そこで今回は『アイドル』のいわば闇の部分である2番の歌詞と『45510』での描写を見比べながら、
こういう事じゃないかな~と感じたことを雑多に考察していきたいと思います。
『45510』はアニメ公式サイトにて無料で公開されているので、未読の人は当記事より先に読みに行くのをオススメ。


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アイの出自の多くは謎に包まれていますが、小説の描写から確実に言えるのは「母親にグラスを投げつけられ、その破片がご飯に混ざり怪我をしてしまうような家庭で育った」ということです。酷い。
(その後母親はとある罪で捕まり、身寄りの無かったアイは養護施設に入れられました)

彼女は雑談配信の中で「私の全部をひっくるめて好きと言ってほしい」と前置きをしたうえで、そのエピソードを話しました。
今この瞬間も「完璧なアイドル」であることを求められ続けていることは、彼女自身が誰よりも理解しながら。

母親が投げたグラスの破片が、白米の中に入っていて、
そこからアイは、見た事もないくらいに弱音をこぼした。

『45510』
https://youngjump.jp/oshinoko/novel_45510/novel_04.html

苦手な食べ物として白米を挙げた理由は「このご飯にも何か混ざっているかもしれないから」ではなく「『あの頃』を思い出してしまうから」ということですね。
子供にとって一番の楽しみであるはずの食事の時間でさえ、その出来事があってからは怯えながら過ごすことになってしまった。

アイが日常的に母親からぞんざいな扱い、言ってしまえば児童虐待を受けていたことは想像に難くありません。
その中でも「白米とガラス」は、アイに今なお完全には癒えない大きな傷を残した、『あの頃』を象徴するエピソードとしてアイの心に刻まれていました。

「私は、ほんとはさぁ」

『45510』
https://youngjump.jp/oshinoko/novel_45510/novel_03.html

ほんとは弱い人間、ほんとは完璧なんかじゃない、ほんとは皆に助けてほしい。
おそらく別人のように沈んだ表情で、細々と言葉を紡ぎながら、彼女なりのSOSを発信した。

しかし、ファンもとい「信者」たちはそれを「アイの一部」として認めてはくれませんでした。
内心では「アイにだって弱いところはある」と理解しつつも、自分を夢中にして熱狂させてくれる『星野アイ』は
その熱意に見合う絶対的な存在でなくてはならない、として見て見ぬふりをしたわけです。

だからこそ、アイの全てを記録したいはずの熱心なファンが残した配信アーカイブは不自然な箇所でカットされ、
「星野アイに必要無い部分」はかき消されてしまった。
アイ自身も、二度とファンの前で弱さを見せることはありませんでした。

弱いとこなんて見せちゃダメダメ
知りたくないとこは見せずに
唯一無二じゃなくちゃイヤイヤ
それこそ本物のアイ

YOASOBI『アイドル』

歌詞でも「アイには弱点なんてものは無い、仮にあったとしても俺達に見せるな」と言ってしまっています。
「知りたくないとこは見せずに」の一行が残酷すぎる。
ダメダメ、イヤイヤと歌詞が露骨に自分勝手で幼稚な印象になっているのもポイントですね。


ところで既に色んな所で触れられている点ではありますが、『アイドル』では
メディアッ↑やミステリアスッ↑のように大袈裟なほど言葉尻を上げることで
「アイドルの歌い方あるある」を表現しています。

で、それを踏まえて2番の入り。

はいはいあの子は特別です
我々はハナからおまけです
お星様の引き立て役Bです

YOASOBI『アイドル』

視点が「B小町のその他大勢」に移り一気に鬱屈な雰囲気に成り代わりますが、
このねじ曲がった歌詞においても、上記の言葉尻を上げる歌い方は続けられています。
つまり、アイ以外のメンバーは「人気グループのB小町」の一員としてステージに立っている時も、
心の中ではアイへの劣等感や嫉妬心を常に抱いていたと。

更に続くラップパートではアイドルらしい歌い方はおろか、まともな音程やリズムすら失われてしまいます。
自分もアイと同じアイドルであることすら忘れ、憎しみが黒く溢れていくのを感じますね……。

完璧じゃない君じゃ許せない
自分を許せない
誰よりも強い君以外は認めない

YOASOBI『アイドル』

「自分を許せない」。
『アイドル』は書き下ろし小説『45510』を原作として作られている関係上、
このパートは小説の語り部である「『事件』から16年もの月日が経った今もなおネット上のアーカイブを利用し、
星野アイの影を追い続ける元・B小町メンバーの1人」の目線と断言してよいでしょう。
ファンの前はおろか、半ばプライベートであるメンバーとのレッスンやミーティングでも
全く隙を見せず「完璧な星野アイ」であり続ける彼女を間近で見るうち、嫉妬は信奉に変わっていきました。

アイには到底敵わない。
アイはまさに完璧なアイドルだ。
アイと同じグループなら私が「おまけ」になるのも仕方がない。

結果として、彼女はアイを盲信し、歪んだ信頼を寄せるようになりました。
私を踏み台にして駆け上がっていくほどの存在なのだから、誰よりも強いアイドルでなくてはならない。
そうでなければ、物語の主役になることを諦めた自分を許せない。


重度の「信者」のままアイという拠り所を永久に失った彼女は、小説の結末で
アイがB小町の結成当初に使用されていたブログに非公開記事として遺したメッセージを発見します。

信じてって言っても難しいかもしれないけど
皆と仲良くしたいって言う気持ちは、ずっと変わらない。
ずっと言えなかったけど、これが私の本心。
皆は私の事 嫌いかもしれないけど、私は皆の事 嫌いじゃないの。
出来る事なら、昔みたいにやりたい。

もし、このブログを、昔の私たちが良かったって思って、見に来てくれたなら。
今度 会った時に教えて?
おい、アイのバカ野郎って言って。
そしたら私、ごめんねバカでって言うから。

『45510』
https://youngjump.jp/oshinoko/novel_45510/novel_04.html

しかし、彼女はこの悲痛な独白を最後まで読むこともなく削除し、
追い求めていたはずのアイの痕跡を完全に抹消してしまいます。

こんな仲間に縋るような文章を、アイは書かない。
これはアイじゃない。アイはそうじゃない。
私のアイは、そんなのじゃない。

『45510』
https://youngjump.jp/oshinoko/novel_45510/novel_04.html


この世から去ってなお「最強で無敵のアイドル」であることを強制されるアイ。
アイがB小町のメンバーに内心を打ち明けず、16年以上が経ってようやく発見されるような場所に本音を綴ったのは、
仲良しの友達だったはずのメンバーすら「信者」に変えてしまったという自覚を持っていたからこそだと思います。


最後に、赤一色のペンライトと光を浴びるアイの背中をステージ上から見た『アイドル』のジャケット絵を紹介して終わりにします。
ここまで読んで頂きありがとうございました。


書いた人:こいつ( https://twitter.com/koitsu511 )

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