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【シナリオ】絶対に踊りたくない少女と、絶対に踊らせたい少女の話。

〇高校2年生のとある教室 春
4月3週目頃。
帰りのホームルームが終わり、各々帰宅準備をしている。

千佳「凛~。」
凛「ん?」
千佳「もう帰るの?」
凛「当たり前じゃん。」

千佳、凛の机の上に座る。

千佳「帰って何すんの?まだ16時じゃん。」
凛「いや、ウチ遠いんよ?」
千佳「それでも18時でしょ?」
凛「それでもって、そしたらもうご飯食べて風呂入って寝るわ。」
千佳「なんもしないの?」
凛「しないよ?」
千佳「ふーん。」

間。

凛「何?」
千佳「ダンス部!」
凛「入りません。」
千佳「はぁん、なぁんでぇ。」
凛「何度さそっても無駄だって。」
千佳「気持ち変わるかもしれないじゃん。」
凛「じゃあ何度目?誘ったの。」
千佳「もう分らんよ、数えてへんもん。」
凛「1年の頃から、数えきれんほど誘って、全部断ってんの。もうそろそろ諦め。」
千佳「やだ。」
凛「まじほんっと。」

凛、教室を出る。
千佳、後から追う。
そのまま廊下に出て、げた箱に向かう。

千佳「今さ、来週の新歓に向けて、めっちゃ盛り上がってんの!」
凛「それは凄い、頑張って。」
千佳「うちらももう先輩になるしさ、もう張り切ってて。あ、3組のさ、志穂が振り付けたナンバーもあるんだよ!」
凛「へー。」
千佳「でさ、」
凛「本番は観に行くから。頑張ってね。」
千佳「…どうしても?」
凛「どうしても。今日漫画買い行くから。」

げた箱に着き、靴を履き替える凛。

千佳「見学だけでも来ない?うちらの代も、先輩もみんなやさしいしさ!」
凛「…今日しつこいね。」
千佳「…今日はひかないって決めたから。」

間。

千佳「踊ろう?また。」
凛「…。千佳は凄いと思うよ。ダンス上手いし、マジ頑張ってるって思う。」
千佳「私、凛のダンス好きなんだ。」
凛「ありがとう。」

凛「でもね、…これは千佳に言ってるわけじゃないんだけど、」
千佳「うん。」
凛「正直もう誘ってほしくないんだ。…だから言うよ。」
千佳「うん。」
凛「…軽蔑しちゃうんだよ。青春ぶってる奴。」
千佳「…。」
凛「…じゃあね。また明日。」

凛、地下に背を向け、昇降口を出る。
千佳、急いで凛の腕をつかみ、ダンス部の練習場所である、裏庭に連れてく。

凛「ちょ、おい。」
千佳「今日はひかないって決めたんだよ。」
凛「マジいい加減にしないと、」
千佳「友達辞めたって良い。私が後悔するんだよ、じゃないと。」
凛「は?」

〇裏庭 ダンス部の練習場所。
8人くらいの部員が集まり、ストレッチをしながら談笑をしている。
凛は千佳に連れられ、端からその様子を渋々見る。

千佳「(16時)半から全体で練習始めるからさ。」
凛「…。」

赤ジャージの3年生が6人、青ジャージの2年生が2人。
学年関係なく、じゃれあっている。

千佳「あのポニーテールの背の低い先輩、めっちゃめちゃに上手いの。凛も見たことあったよね?文化祭の。」
凛「あの人は覚えてる。」
千佳「でしょ。ぴぴ先輩っていうんだけど、もうみんな憧れててさ、」
凛「ごめん千佳、ほんとに、無理なんだ。」

沈黙。

千佳「…どうしてもっていうなら、帰っていい。けど、…この部活は凛が思ってるような怖いこと、絶対にないよ。」
凛「怖い?」
千佳「先輩が怖かったり、同期で揉めたり、」
凛「違うよ。」
千佳「え?」
凛「…もう無駄だって、思ってるんだよ。千佳だって忘れたわけじゃないくせに。」
千佳「…。」

凛、無理に表情を明るくする。

凛「ごめん、千佳が言うように、本当にこの部活は平和なんだと思う。このストレッチだけ見てても、まじ、みんな仲いいんだってわかるし。すっごい、良いなって思う。…羨ましいって思う。でももう、私には無理なんだ。もう、…仲間となんかするの、信じられないんだ。」
千佳「…私、踊ってる凛が好きなの。あんな、あんな凛のせいとかじゃない、他の人の行動がきっかけで、ダンスを辞めてほしくない。私また、凛と踊りたいんだよ。」
凛「…頑張って…、それで、壊されたのを知った、あの時のスタジオの匂いが忘れられないんだ。」

沈黙。

凛「2年の春超えたら、もう部活入るタイミングなんて、なくなっちゃうもんね。来年受験だし。」
千佳「…ダンスじゃなくてもいい。何でもいい。凛、また何か始めようよ。」
凛「…ありがとう千佳。凄く嬉しい。でももうこれ以上は…。」
千佳「私だって忘れたわけじゃないよ、振り付けも構成も衣裳も、全部盗まれて、もう、もうこれ以上に無いほど、全員で泣いたの覚えてる。でも、でもそれはもう、そんな事もう起きないから、」
凛「…そう言い切れる千佳が羨ましい。」

凛「…帰るね、頑張って、練習。」

凛、裏庭を背にし、歩き始める。
千佳、その様子を悲しい眼差しで見つめ続ける。

その時、ダンス部のスピーカーからナンバーが流れる。
ポップで明るい楽曲。
その音に、凛は振り返り、ダンス部の方を見る。
ダンス部部員は、本域ではないが、軽い振り合わせ程度に息を合わせ、踊っている。
凛は、足が動かなくなり、その場でそのダンスを見続ける。
その姿を見た千佳は、ダンス部の方に走って向かい、仲間に加わり、一緒に踊る。
凛は千佳のその姿を見て、どうしようもない感情に包まれる。

凛「…踊りたい。」

凛はその光景を背にし、重たい足を、前に進める。
涙をこぼさないよう、上を向きながら。


おしまい


ーあとがきー
何かがきっかけで、大好きだった出来事が大嫌いになったわけではないけれど、もう手にできなくなってしまうことってありますよね。
私で言うと、タピオカが大好きだったのですが、ある日飲んだら気持ち悪くなって、もう飲めなくなってしまいました(あれ)。
それをケロッと乗り越えられる人と、そうでない人。その違いは何でしょうか。それはきっと、前向きか後ろ向きかとか、そんな簡単な物じゃないと思うんですよね。
本当に好きだったかと、まあまあだったとかの、気持ちの差とか、そういった違いでもない。
あの時感じた自分の気持ちと、今現在の素直な自分の気持ちを、どう融和させていくのかが、重要な鍵な気がします。
凛ちゃんの話は、きっとまた書きます。きっと。


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