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オトシマエ
何者にもなれない人生だった。
与えられたチャンスを粗末にして、中途半端な立ち回りで、上っ面の面白さではしゃいでばかりだった。
父が急逝した年齢まで、あと14年。母が認知症を発症した年齢までは、12年。のんびりしていたら不埒な私には、間に合わないタイムリミットだ。
私のライバルはいつだって「あの日の私」だ。誰かと比較できるほど、積み重ねた努力も自信も実績もない。だからこそ私はあの日の私に、挑まなければいけないことが、3つある。ちっぽけでみみっちいが欲張りな負けず嫌いである。
ひとつめ
侍になりたい、と申す7歳の次男に引きずられて始めた剣道のお稽古に、息子らが引退してもなお、続けて通わせていただいている。以前に剣道をしていた人が再び剣道を再開することをリバ剣というらしい。一応、高校の剣道部に所属していた私はそれに該当するが、経験があるといってもそれは、2年と少し防具をつけて稽古をしたことがある、リザーブから試合に出たことがある、という浅くてはかない経験だ。小学生から道場で剣道の経験のある同期に混じって、なんとなく部活に参加して、堂々と朝練もさぼって、剣道部を続けていたら卒業させると言った学年主任の言葉を信じて、一般部員と幽霊部員の間の妖怪部員で居続けた。 今、あの頃と違うのは誰と稽古をしたいのか、何のために稽古をするのかをようやく意識できるようになったことだ。いい歳をして今さら、だ。ここ数年はSNSでご縁のあった剣士の方々とお稽古させていただく機会に恵まれ、交剣知愛の緊張感とありがたみととびきりの楽しさと、不甲斐なさを知った。
可愛がってくださった師匠は亡くなる1週間前に、地域の女性剣士の取りまとめをして若い剣士との縦の関係を繋ぐこと、次の段位を目指すことを、私への遺言とされた。自分のためだけでない稽古をする段階に進みなさいねと、小さく手を振ってくださった師匠には、いつか褒めてもらいたくて私は、足底腱膜炎と仲良くしながら、へたくそ剣道をぬるぬると堂々と続けている。
ふたつめ
高校を卒業して、何がしたくて何ができるのかがわからなくて、ただ実習授業が多いからという理由で進んだ短期大学の家政科では、和裁や洋裁、調理実習のほか、色彩学やインテリア、幼児教育など、さまざまな分野の授業に参加できた。が、私は何一つ将来の仕事に結びつけられず、なんとなく料理や裁縫のできる人にしかなれなかった。あの頃の私は、一心不乱に頑張ることはカッコ悪いししんどいし、というだらしない若者だった。追試にならなければいいや、というスタンスでの学びだったので、知識は身につかず浅はかな学生生活となった。
単位は足りたから捨ててもいいやと、途中から授業に出なかった色彩学については、30代のときに学び直しをした。子育ての合間に色彩コーディネーターの資格を取得してパーソナルカラー診断の仕事を始めたが、40代で白内障を発症して手術をしてブルーの色味のあるレンズを左眼に入れたので、色彩に関する仕事は続けられなかった。
そして現在、職場の面接時に提出した履歴書に、何十年も前に家政科を卒業していることを記入して採用に繋がったことがおこまがしくて資格試験の受験を決めた。民間資格なので何かに有利になるということはないが、調理の仕事をする今の私の支えになるならと、隙間時間を利用して、テキストの前で冷や汗をかいたし、頭も掻いた。記憶力が低下していることは想定内だったが、そのレベルは想定をはるかに超えていた。私のスマホ、どこやったっけの勢いで、さっき覚えた用語が見当たらなくなる。
試験当日も、引っ掛け問題にさらっと騙されたり、疑って悩んで思い直して結局正解から離れたり、ことごとくやられっぱなし。誘われてふらふら出たり、攻められて動揺して固まったり、まったく剣道のスタイルと同じだ。重ねてきたものが薄いので、ふわふわゆるゆると、心許ない。模範解答が示されたので自己採点するとギリギリの合格のようだ。なんだか危なっかしい状況なので、もしも不合格の通知が来たら、またツバメノートを買いに文具店に行こう。
みっつめ
私のピアノは実家を取り壊すときに遠くの学校に寄付をした。今もまだどこかで現役で奏でているのだろうか。
幼稚園のときにオルガン教室に通っていて、小学生になったら引っ越し先の新しいお家にピアノが届いて、娘がピアノを習っていたら楽しいという両親の思いで私は20歳までピアノ教室に通った。
長いことモーツアルトやショパンの譜面の前で憂鬱と逃亡を繰り返して、最後に実家でピアノとお別れするときは、チャコの海岸物語を弾いた。その時に初めて理解したのは、気持ちが音に乗るという感覚。たぶんあの日の演奏が、私の一番だったと思う。いつだって私はあれやこれやの気づきが遅すぎる。
そして今日、ついにデジタルピアノが届いた。再び鍵盤を叩くことを決めたこれを、リバ鍵と呼ぶかはわからないけれども。
ビバ、リバケン!
用語
落とし前をつける
解説 ①ケジメとると同じ意味。「コラ、この落とし前つけんかい」
②自分の失敗の責任をとる。「ワシも男です。自分で落とし前つけます」