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映画ベルサイユのばら 作り手側にアンドレがいる説

今回の映画ベルばら、監督か脚本がアンドレ。
そんな投稿がバズっています。それに対する反応が「言われてみれば」「それなら仕方ないな」「やっぱそうだよね」的なものばかりで笑わせていただきました。かく言う私もそれを見て「作り手にアンドレがいるよね?」と投稿した一人。
いやだって絶対アンドレいますよ、脚本か監督に!!!
令和に転生したのか憑依したのか取り憑いたのかわからないけれど、なぜみんなそう思ってしまうのか。根拠を書き出してみました。当然ながら原作と映画のネタバレ全開です。
※この投稿はおふざけです。

根拠① 12日以外のオスカルの不同意キスシーン全削除

若いときの自分の不同意キスも犠牲にしていますが、それにより、アラン、ジェローデル、ルイ・ジョゼフが全員道連れにされています。
「オスカルの唇に不同意キスする奴らはみんなカットだ!」
……やっぱりアンドレの気配を感じます。
それにより12日の唯一のキスシーンがより感動的に見える効果もついてきましたね。

根拠② アンドレの怖くて恥ずかしいモノローグ削除

「(手を広げるイメージつき)限りない愛のうちに死ねるのだと きっと確信させてやろう!」とか「一度でいい 契りたい…!」とかそのへん、まったくありません。アンドレ好きじゃない人から(好きな人からも)気持ち悪いと言われがちなヤンデレ言動を削ったのは多分アンドレでしょう。元来は明るく思いやり深い性格だし、結ばれて冷静になった後見返したら、転げ回るほど恥ずかしそうだから仕方ないですね。

根拠③ アンドレのやらかし削除

馬を暴走させたのはアンドレの過失なのですが、映画ではシーンそのものはなしで暴走スタート。あれは事故、そういう流れで処理されています。やらかしシーンがなしで、いきなり馬暴走から始まるところに、アンドレ監督の意向がチラチラ見え隠れするような…。

不同意キスを削除したので、最初の告白でもある不同意性交未遂「ブラビリ(ブラウスビリビリ)」もしくは「青いレモン(アニメサブタイトル)」もガッツリ削除されました。映画をPG12にしないよう全年齢にして、小さい子からリアタイの淑女まで広くオスカルを見てもらいたい!というアンドレ監督の意思を感じますね。

「そのショコラが熱くなかったのをさいわいに思え!!(サ…!!)」とか「空に向けて撃った!」とか「草むしり」と呼ばれるシーンとかも全部カットでした。残念。草むしりはアクリルコースターが劇場売店で売っていたので、入れてもよかったと思います。コラボカフェメニューになったこともあるので。

根拠④ アンドレの見せ場はきっちりやる

無慈悲なカットに次ぐカットの割に、アンドレとオスカルの出会いはきっちりやりましたね。ありがとうございます。その上でモブ時代に「おれはいつもお前と一緒だ」と後方保護者面台詞を追加していたのはナイスでした。
目が潰れた理由も改変とはいえ、オスカルをかばう形にされていましたし、特別入隊=一応正規兵ということで訓練にも参加していました。
また、最期も旧アニメの流れ弾の雪辱を晴らすときだ!とばかりに原作通りオスカルをかばう散り方で映像化していました。うーんこれは脚本がアンドレ。

根拠⑤ フェルゼンへの片思い描写は最低限

オスカル→フェルゼンについては、接触でドキッとしたり、無事帰国して泣いたりする描写が削られて、どちらかというと惹かれ合う二人を横目に、オスカルがひとり胸を痛める描写がメインでした(それを見つめるアンドレも入れてくるのがまた…)。まさか生涯ただ一度のドレスでのダンスがミュージカルのダイジェストで流されるとは思いませんでしたけど。
とはいえ、オスカルのドレス姿は見せたいので登場全身姿は映し、第一週目の特典の複製原画はこのシーンにしてありました。うーんこれはアンドレが企画してますね。

根拠⑥ ロザリーほぼ全カット

①と連動しているのですが、アンドレはどうも「同担拒否(おばあちゃんは除く)」のケがあります。だから色々こじらせるんですけどね。

黒い騎士関連がカットになるのは致し方ない(宝塚のオスカル編でもカットされるし)とはいえ、ロザリーとオスカルの絡みまでも完全に消すとは思いませんでした。けれど、ロザリーを拾う流れをやるくらいなら、ワンカットでもアントワネットの処刑をやるほうが明らかに重要度が高い。そもそもオスカルの告白、千の誓いイベントもカットしているくらいなので、ロザリーカットは仕方ないかもしれません。
でも一応出てはいるんですよ。
「完全カットはロザリーが可哀想なので、町娘Aとして出しておく。ベルナールとフラグが立ちそうな登場にもしておく。幸せになれよ…」
的な匙加減がなんかアンドレです。

根拠⑦ オスカルの辛そうなシーンは極力カット

「「女の心を求めるのは無理だったのでしょうか?」とかいうオスカルを傷つける&令和的に問題ある発言はカット。ポリニャック夫人もカットして刺客に肩を刺されるのもカット。フェルゼンとの恋で苦しむシーンも最低限で決別もカット!ブラビリも未遂とはいえオスカルを悲しませたのでカット!!衛兵隊による拉致と暴行未遂なんてとんでもない、コンプライアンス考えろ!削除削除!!!おれを看取れないのもオスカルがかわいそうだしおれも希望しないので改変カット!」
アンドレの叫びが聞こえてきそうです。これは保護者というか制作側にアンドレがいます。間違いないです。

根拠⑧ オスカルの口の悪いシーン行儀の悪いシーンカット

ちくしょー!やらペッ、やら酒場で殴り合いやらの、貴族のお嬢様どころか近衛兵としてもどうなん?レベルのやんちゃ具合が若オスカルの魅力。聖人君子ではないところが魅力、と監督がインタビューで語っているので、おそらく演出か脚本のアンドレが削り、やんちゃオスカルを独り占めしてしまった模様。ソファで膝を抱えた時に足が乗っている所や、噴水での座り方が大股開きなあたりは、削除し忘れた名残りかもしれないです。

根拠⑨ どちらかというとオスカル編

長い物語をどうカットするか、という点。今回の映画は、オスカルをメインに据え、市民の怒りが爆発しフランス革命に至るまでの流れをメインに持ってきました。これは妥当かと思われます。
宝塚歌劇では「フェルゼンとアントワネット」編「オスカルとアンドレ」編に分けて上演するのが定型で、メインをどちらかに絞って物語を再編しています。え?外伝?知らない子ですね。
フェルマリ編では断頭台に登るマリーまでやりますが、バスティーユなどはやりません。アンオス編では12日から14日がクライマックスで、オスカル戦死の後、天国で再会する二人で幕、となります(とはいえ、今回の映画と異なりロザリーはかなり出ます。これはヅカならではの事情があって、オスカルとアンドレ編では男役と男役が主役を務めるため、トップの娘役が担当できる役はロザリーしかいないからなんです)。

そもそも12日からの14日までを原作に沿ってやったのは、実はパチンコを除けば初めて。
「旧アニメの野外なんてもっての外だ!初夜だぞ!?なんか髪の毛伸びてるし!おれの死因が流れ弾は許さん!バスティーユの戦闘も最新技術でやる!おれのオスカルは最期までかっこいいんだからな!(号泣)」
というアンドレの声が聞こえんばかりに、原作から改変された箇所を丁寧にアニメ化していました。池田理代子先生に「原作にこれほど忠実に仕上げてくださって、本当に感動いたしました」と言わしめたまでの原作再現は本当に見事です。バスティーユで指揮を取るオスカルは神々しくさえありました。これは間違いなくアンドレ監督脚本演出によるものでしょう。

根拠⑩ ハピエンにします

実は原作、死後の二人の再会は匂わせる程度しかないのです。8巻カラー絵やばあやの寝室にうかぶ二人のイメージ、後年の描き下ろしなどでアンドレが迎えに来ている絵などはありますが、はっきり死後再会しているのは宝塚が初出のはず(違ったらすみません)。
「迎えに行かないわけがない!死ぬまでそばにいてやると言ったが、死んだあともそばにいるに決まってるだろう!」
というアンドレの声が聞こえてくるようです。やはりアンドレが脚本です。

もちろん冗談です

監督か脚本がアンドレ。
「なるほど」「それじゃあ仕方ない」とまで言わしめた今作、なぜ皆がそう思ってしまうのか。いくつか根拠を挙げたものの、どれも違うようで、全部正解のような気もしてきました。
もしかしたら、皆が心にアンドレを宿しているからこそ、このような形で作品として結実し、見る側もそう受け取ってしまうのかもしれません(投げやり)。

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