脈診について考えたこと
現在の統合医療臨床において当院での診察としては一般的な内科的身体所見や血液検査などに加えて、東洋医学的診察も取り入れています。脈診、舌診、腹背診などに加えて、時には良導絡による測定も併用しています。こうした診察のなかでも特に重要な、そして特徴的な診察法について考えてみたいと思います。
いろいろな脈診の方法や考え方がある中で、これまで私自身が一番丁寧に詳しく教えて頂いたのが、やはり江部洋一郎先生でしたので、あらためて江部経方の脈診をとるようにしました。(いわゆる寸・関・尺を示指一指で、軽按・重按しながら見ていく方法です)
すると以前は気づかなかった点や、脈診全体に関しての捉え方も変化したようで多くの気づきがありました。あらためて経方理論の体系の精密さと正確さには驚嘆するばかりです。
ガレノスなどギリシャ・ローマの医学について、最近調べていて感じたのは、東洋医学にに比べて、いわゆる脈診など特殊な診察方法が少ないこと、反対に「臓器単位」で現代にもつながるような病態生理的志向が強いこと(観察事項からの推測と解剖的な知見と合わせて内臓の機能的想像が特化していること)、など現代の医学にも通じる雰囲気があることです。(これは当然現代から見て、ということで当時においてはそうではない派閥・流派も存在していたことは容易に想像できます)
これは西洋医学の「科学化」にあたって良いことでもあったわけですが、「身体」そのものから情報をとるという東洋医学の流れと、その後の歴史の中で大きな断絶を作ったようにも思います。
統合医療の診察においても、通常のいわゆる内科的診察に加えて、脈診・腹診などの体表からの情報は多くのオルタナティブな情報をもたらしてくれます。
東洋医学的なアプローチの利点はまさにここにあり、こうした方向の弱さが西洋代替医療の弱点のようにも感じています。
とくにこの辺りはホメオパシーやアロマセラピーなどの診療と比較すると、過度なスピリチュアリティや、ルブリックなどの多くの情報の横断的な処理など、過度に主観的か、もしくは高度な情報処理に依存するということにも関係するように思われます。(これらが悪いとか短所だとかいう意味ではありません)
これに対して脈診などは、それ自体で一つの身体全体への独自の観測点を与えるもので、方法論自体と切り離しても成り立ちます。
それゆえに統合医療という条件下においても、非常に便利なアイテムになりうるわけです。脈診・腹診等の存在が、東洋医学を過度な思弁化から遠ざけた要因とも考えられます。
その点、高度な思弁化が進んだ結果、近代科学の成立とともに「真理」が究明される中で、一つ一つの事項が塗り替えられていったプロセスが、医学史的には近代西洋医学の発展だったとも言えるでしょう。これの行きつく先が、現代における血液生化学検査や画像診断法の数々といったものです。(当院での統合医療診療における診断法が脈診などの東洋医学的なものと血液検査という2本柱であるのもこうした理由です)
現代医学における内科診察法とも一線を画する東洋医学の診察法は、統合医療という視座からも大きな展望を与えることを日々の診療で強く感じております。
EBMや「正しさ」というキーワードが躍る中、統合医療という分野としては、こうしたオルタナティブな視点の重要性を、すこしでもお伝えできれば、と考えております。
経方脈学 [電子版]
有光潤介 東洋学術出版社 2021-07-30