臨床ファッシア瘀血学(4)経方理論との関連
なぜ「ファッシア瘀血」を考えるのか、を前回は述べました。刺絡のメカニズム解明について、この概念は極めて有効であることに加え、いくつもの施術系の代替医療分野での、理論的にあいまいな部分に、現代医療との接点をもたらすという意義は、極めて大きいと思います。
漢方理論に、というより「傷寒論」という古典の読解に、革命的な解釈をもたらした「経方理論」の解釈においてもこれは同様です。つまり内部臓器の気の流れと、外部表皮での気の流れがどのようにリンクするかということをダイナミックに記載したのが、この理論の最大の面白さなのですが、そこにファッシアを仲介させることでさらにこの理論の整合性が強まるように思います。つまり経方理論に、その物質的基礎を付与することができるわけです。
経方理論は、名医別録を基盤とした生薬の「ベクトル性」の展開を、独自の気の流れを示す生理機能図に落とし込むことで、傷寒論の理論的枠組みの下で、漢方処方を自在に展開できることが最大の特徴です。
つまりこうした薬剤の有するベクトル性こそが、この理論のキモなのですが、その背景を成す気の流れの生理図も、提唱者である江部先生独自の腹診や脈診に連携するものなので、これまた非常に重要です。
この「気の流れ」においてひときわ独自性が高いのが、従来あまり重要視されていなかった「隔」という概念です。
解剖学的には横隔膜とほぼ同じ概念なのですが、機能としては、マクロにもミクロにも「気」の出入りに関わる重要な臓器です。
つまり、気の出入りを担当する「隔」と、その上下にあって気の上げ下げを担当する「胸・心下」がキモとなり、それらの機能の相似形のようになり、体表面での気の流れを説明しています。(江部先生はこれをおそらく東洋医学的なフラクタル概念で、直観的に説明しているのですが、この理論的な跳躍もファッシアの概念を用いれば、比較的簡単に解剖的な説明が可能です)
この体表面での気の流れに関しては、体表を「皮」と「肌」の二層に分け、その間に「膜」を置き、これらを貫通する形で「腠理(そうり)」があるという構造が仮定されます。
「皮」は現代医療的には、いわゆる表皮と真皮における乳頭層に相当し、「肌」はそれ以下の真皮つまり網状層と皮下組織(脂肪層)に相当する考えてよさそうです。
そうすると、経方理論における「肌」の概念が、ほぼ「ファッシア」に相当すると考えてよさそうです。となると「膜」はさしずめ、網状層における膠原線維束(皮革製品として使われる部位)といえるのではないでしょうか。(当然これはファッシアを介して隔と連続しています)
「ファッシア」と「肌」とを比較するメリットは、その臨床応用にあります。これまでの流れであれば、整形的な痛みの発痛源として、その解剖学的位置が問題になっていましたが、経方理論に関連付けることにより、傷寒論をベースにした漢方処方への展開も可能になります。
つまり脾胃と直接関連付けられ(心肺ではなく)、腹診における「心下」に着目することが可能になります。(このあたりは経方理論における臓腑関連図を参照してください)
さらには、心下の下部に位置する腸間膜領域を、寺澤先生の述べられるように「三焦」として考えると、ファッシアと三焦との密接なつながりが、ダニエル・キーオン氏の『閃く経絡』とまた違った観点からみることもできます。(同書における「三焦」の胸腹全体像との関連とみるよりも、「腹腔」全体として考える方が、古典的にも整然と理解されるように思います)
つまり、三焦をファッシアとして捉えるよりは、寺澤説によると、腹部の一塊となった「腸間膜」と考えるということになります。つまり三焦と心膜(心臓も含む)が対になるわけです。
そしてこの間を隔てるのが「隔」ということになります。当然、隔は呼吸によって動く、つまり気の出入りを司ることになります。これは空気の出入りだけでなく、呼吸運動により、胸腔と腹腔という二つのファッシアに囲まれた閉鎖空間が、内圧を変えながら動くことになり、これに伴い、内外の物質やエネルギーの移動も行われることになります。
この時の、動きにくさや渋滞ポイントが、胸腹診などにより圧痛や硬結として認められ、一部典型的なものが漢方処方の目標所見となります。
こうした生体観に基づいて、ベクトル性を有する生薬によって処方組み立てをするのが、経方医学の姿であると見ることもできます。
したがって経方医学は、ファッシアと漢方処方とのまだ見ぬリンクをつなげてくれる理論となりうる、と思うのです。ファッシア臨床における「経方医学」の重要性を、あらためて感じる次第です。
(本記事は『経方医学』に関するある程度の理解が前提になっておりますので、詳細を知らない方には???となってしまいます、申し訳ございません。ご興味ある方はとりわけ第1巻が重要です。ここでの解説は第1巻を読めば理解できると思いますので、関心のある方は是非、御一読を。)
経方医学 1―「傷寒・金匱」の理論と処方解説
横田 静夫 東洋学術出版社 2011-04T