臨床ファッシア瘀血学(6)微小空胞ネットワークとしてのファッシア
前回は微小循環におけるファッシアの構造を、プレリンパの導管として説明してみました。これに近傍のリンパと毛細血管による血液が混合して、刺絡などの観血的治療における「瘀血」が形成されたという考えです。これは瘀血部位が、他の正常部位に比べて血管の蛇行多く(三日月湖状態)、それゆえに穿刺時に血管にあたる面積が多くなると考えられます(それゆえに多くのうっ血が混入するためどす黒くなるわけです)。当然、いわゆる正常部位では、血管の蛇行が少ないためファッシア(もしくはリンパ)への穿刺面積が多くなるので、引かれる血液は希釈され、相対的に薄く鮮明な赤色になることが説明されます。
今回は、ファッシアを前回解説したようなプレリンパの導管的な役割だけではなく、「本来の構造」を維持する効果として見た場合のミクロの構造を概観してみましょう。生きた筋膜の豊富な写真による解剖書『人の生きた筋膜の構造』を参考に解説してみたいと思います。
そもそも様々な細胞は、生体における組織の連続性には関与していないとされます。つまり何らかの「機能」を分担する反面、連続性を持ちながら構造を維持するという役割にはないわけです。
それに対してファッシアは、皮膚表面から細胞内の核にまで連続する「原線維ネットワーク」と考えられます。そしてこれらは生体内部でただの「線維」として存在するわけではなく、微小な立体構造を持つ「多微小空胞ネットワーク」を形成し、生体を構造化していると考えられます。これは前掲書において、多くの鮮明な写真によって確認することが出来ます。
このネットワークは、可動性、柔軟性、適応性を有し、あらゆる組織を連続化させ、生体が運動中であっても、原線維の連続性を保持し続け、それが損傷しないかぎり元の状態に戻ることもできるわけです。
そしてこの原線維は、循環系(血管)と神経系の構造的な土台となり、これらシステムと一体となることで、細胞にエネルギーの供給を行います。そして細胞を生存させるとともに、さらには力学的な情報の伝達も担っています。
原線維によって形成される微小空胞は、その内部を、細胞、コラーゲン、グリコサミノグリカンによって満たされ、外的圧力に適応しながら組織形態を保持し、正常組織における機能的独立を保つことができます。
そしてこの微小空胞ネットワークは、三次元的には「テンセグリティー」構造を形成し、運動中においてさえも、安定した構造を保証することになります。
さらにはこのテンセグリティーにより、重力からの圧迫から、ある程度解放されることができるため、いわゆる「二乗三乗の法則」に縛られない生物独自の構造をも可能にします(これは恐竜などの巨大生物の構造を可能にします)。
また原線維によるフレームは、動的なフラクタル化とでもいえる適応能力を有し、組織化された構造や立体形成を可能にします。そしてこのフラクタル化は、安定した形態から、別の形態へと移行することも可能で、それゆえに形態発生、器官発生、系統発生を記述することもできるようになると考えられています。つまり生命の生命たる特徴を、可能にしているわけです。
これらのように微小環境におけるファッシアは「梱包材」ではないばかりか、導管的な役割にも限定されない、生命の存在を維持する基本的な役割を有していることが『人の生きた筋膜の構造』では語られます。ファッシアへの関心がそれほどでもない時期に、同書を購入したのですが、その時は今ほどその意味するところに惹かれることはありませんでした。しかし、瘀血との関係で、改めてファッシアを再認識してからは、まさに「生命」そのものの特徴とまで感じています。
今後、解説していきますが、瘀血と経絡を統括して、解剖的な構造のもとに理解しようとすると、神経と血管の双方の構造的基盤でもあるファッシアが極めて重要になります。そして、そこにとどまらず、ファッシア自体が「自由電子」や「物理的な力」を介しても生体に影響することの意味をより強く感じることにもなるわけです。