臨床ファッシア瘀血学(5)微細環境におけるファッシア瘀血
前回は経方理論とファッシア瘀血との関連性を考察しました。今回は、そうした全体性から一気に組織の局所の話題に移りましょう。ファッシア瘀血の形成されるミクロの環境についてです。
ファッシアは、2018年3月のNewsweekによって、ヒトにおける最大の器官が発見されたという記事が掲載され、従来は結合組織(これもファッシアである)とされたものが、体液を満たして相互に連結している新たな器官であるという報告がされました。
まさにこれは、かつての「筋膜」というイメージではとらえられない組織像で、線維の網目構造を内側から裏打ちするように細胞がはりつき、その内腔を液体が流れるというものでした。さらにその液体は、共焦点レーザー内視鏡により、血管よりも遅延して試薬が映し出され、さらにはそれがリンパとほぼ同時であったということが分かったそうです(医道の日本 2018年6月pp140-2)。
つまり血管とリンパ、従来はその間隙であると思われたところに連結システムが存在していたということが分かったわけです。これがまさにファッシアです。
広範なファッシアという概念の機能がこれに限定されるわけではありませんが、生きている組織のみでしか確認できない脈管系といえるでしょう。
これに瘀血のシステムを考慮すると、細絡などミクロのレベルでの血液の鬱滞や毛細血管の蛇行、さらには三日月湖状態にまで至るような蛇行や鬱滞などが、刺絡によって破壊されるのですが、その時に同時に、このファッシア内の液体も漏れ出してくるのではないでしょうか。
つまり従来は、こうした鬱滞した毛細血管などの血液が、吸角などで吸い出されてきていると考えられていましたが、その付近のファッシア内の液体も混在して「瘀血」として吸い出されてきている可能性が高い、ということです。
毛細血管がそれほど多く存在するとは思えない部位において、刺絡によりたくさんの瘀血が得られるということは珍しくありませんでした。ところが、こうした事実を見ていない医師などに説明すると「血管がなければそこまで出るはずがない」という議論がたびたびなされたこともありました。しかし、ファッシア内という従来想定されていない液体プールが存在しているとすれば、そのくらいの流出量は説明できます。
また一定量の放血後に、再度、吸い出すことが困難になるという事実も、こうしたメカニズムを示唆していると考えらえます。つまり「瘀血」といわれるものは、毛細血管等におけるうっ血した血液に加え、ファッシア内部の液体(プレリンパとも呼ばれる)が混ざったもの(そして当然少量のリンパ液も混在する)と考えれるのではないでしょうか。
であれば、瘀血成分として局所の炎症所見を反映してグロブリン量が多いことや、瘀血の強い所見を有するところでは「どす黒い」瘀血が得られ、それほどでない場所では「さらりとしたやや明るい色」の瘀血が吸い取られることの説明にもつながります。
また、現在あまり確定的に説明されていない、ハイドロリリースのエコーにおける目標所見である「ファッシア重積」の所見の形成理由も説明できます。つまり毛細血管から漏出した炎症物質であるグロブリン等が、ファッシア内部を通過時に停滞して、癒着所見を作ってしまうというモデルが想定されるわけです。
それゆえに、従来「瘀血」と称される病理所見は、血液+ファッシア内液(+少量のリンパ液)により形成される可能性が高く、いわゆる瘀血という血管の鬱滞所見のみではなく、周辺のファッシアの変性もあわせて病態として理解する必要があるということなのです。
これらは実験的な考察ではありませんが、これまでの15年に及ぶ臨床での刺絡治療の中で生じた現象の説明としては、こうしたメカニズムが今のところ、最も腑に落ちるモデルであるように感じます。
こうしたミクロのモデルを想定して、以後のファッシア瘀血学を進めていきたいと思います。