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量子のカオス

ポアンカレは、かつて、二質点のつくる重力場中での第三の質点の運動を研究しました。その運動は、古典力学が支配する決定論的な運動であるにもかかわらず、複雑で乱雑な運動をすることが分かりました。今日、このような古典力学における複雑性は、古典カオスと呼ばれています。一方、私たちの知っている法則は古典力学だけではありません。微視的な世界では、古典力学は適用できず、量子力学を適用しなければなりません。古典力学においてカオスを示す対象を量子力学で扱うと、どうなるでしょうか?現在では、このような古典カオスを量子力学で扱う分野は、量子カオスと呼ばれています。

量子カオスと一般にいわれている分野は、古典力学でカオスとなる系を量子力学で扱うとどうなるかを研究するものです。古典カオスの量子力学的な兆候を調べて、量子-古典対応を調べようとします。量子カオス系とは、古典極限(つまり、プランク定数$${h\rightarrow 0}$$となる極限)においてカオスを示す系を指します。

現在の量子力学は、前期量子論におけるボーア・ゾンマーフェルトの作用量子化条件

$${ \oint pdq = nh}$$

を論拠としています。上式の左辺は、作用といわれるものです。ボーア・ゾンマーフェルトの量子化条件は、位相空間上で閉じたトーラスがあれば、そこで量子化ができるというものです。つまり、可積分系での量子化を保証し、現在の量子力学は可積分系にのみ適用できるということです。位相空間でトーラスが存在するということは、安定で規則的な運動であるということを意味しますが、古典カオスにおいて、位相空間での運動は、複雑で不規則な運動となりトーラスが崩壊します。ここで、カオス系の量子化を考えた場合、位相空間上でトーラスが存在しないので、ボーア・ゾンマーフェルトの量子化条件を適用できないことになります。すなわち、カオス系の量子化は、現在の量子力学の枠組みでは不可能であるということになります。

カオスというものが存在していることが分かっている今日において、作用量子化条件を論拠とする現在の量子力学は有効なのか?ということが問題となります。量子カオスの目標は、古典カオスをも内包する量子力学の建設にあり、ひいては量子力学の枠組みの拡張にあります。しかしながら、現在までのところ、そのような目標には近づいておらず、現在の枠組みの量子力学がカオス系でも成り立つと仮定して、カオスの量子論的兆候を調べているのみです。

そのため、量子力学にカオスはないということが一般にいわれています。また、ボーア・ゾンマーフェルトの量子化条件をカオス系には適用できないから、カオス系の量子化は不可能ではないかと疑問視されています。しかしながら、本当に量子系にカオスはないのか、もし、あるとすればどのような機構で出現するのか。量子力学が古典力学をも内包する物理学の基礎法則であるなら、カオス系の量子化は、今後の重要なテーマであるといえるでしょう。

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