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日本語の習得と習得支援について丁寧に議論する① ─ 「学生たちは語彙や文型・文法事項を知っているが、話せない/使えない!」、「既習の言語知識が運用能力に結びついていない!」

 日本語の先生から、(a)「学生たちは語彙や文型・文法事項を知っているが、話せない/使えない!」、(b​)「既習の言語知識が運用能力に結びついていない!」、という課題の指摘をよく聞きます。この指摘は、概略はその通りだと思いますが、十分に丁寧な指摘ではないと思います。詳しく検討してみたいと思います。

□ 問題の所在
1.「学生たちは語彙や文型・文法事項を知っている」「既習の言語知識」 ─ 明示的知識の問題

 ここに言う「語彙や文型・文法事項」というのは、客体的な言語事項のことで、「言語知識」というのはそういう事項の知識のことで、「知っている」というのは、明示的知識として知っているというふうに捉えていいでしょう。端的に言うと、語彙は辞書的な感じの知識として知っているということ、文型はその意味や基本的な機能などを知っているということ、そして、文法事項はその文法的な機能や意味を知っているということ、でしょう。そうした知識の有無のわかりやすい証拠は、「日本語の言語事項を提示したらその言語事項の意味を母語などで言える」、あるいは逆に「母語の単語などを言ったらそれを日本語で言える」ということです。そして、そういう知識が明示的知識ということになります。
 で、ここで問題は、「明示的知識は言語活動従事(話すことでも、聞いて理解すること等でも)を直截に支える知識か?」ということです。

2.「話せない/使えない」、「運用能力に結びついていない」 ─ 運用能力という見方の問題
 (a)や(b​)の指摘で「話せない/使えない」、「運用能力に結びついていない」と言われているように、目下の課題は「すでに有している知識を使って話すや書くなどの産出の活動ができないこと」というふうに捉えられています。そして、そのように捉えられた課題を克服する指導として、たいてい、学習者に話させる(時に書かせる)活動が豊富に行われます。
 そして、ここで問題は、「学習者に話させること(時に書かせること)で話す力や運用能力などを伸ばすことができるか?」です。

□ 詳しい議論
1.明示的知識と隠在的知識
 母語話者を含む熟達した言語ユーザーが何らかの言語知識を身につけていることは間違いないでしょう。そうした有能な言語ユーザーが有している言語的知識は明瞭に「これ」として捉えることができず、隠在的知識だと言われます。それに対し、学習者が、学習対象として提示されて学ぶ第二言語の知識は上で説明したようにはっきりと「これ」と言える明示的知識です。
 学習者が明示的知識を使って言語活動に参画する姿は「レジのところで勘定にピッタリの額の小銭をサイフから出そうとしている客」のように、本人も相手ももどかしいです。そして、一旦出したがピッタリではなかったり、散々さがして定員を待たせた挙げ句に適当な額の小銭を出すことができないであきらめて大きな札を出したりします。このメタファーは、学習者は実際の会話の状況で困難な状況に陥るということを伝えたいのではなく、むしろ、「小銭」を組み合わせて「払う」というふうに発話することを見ていること示したいのです。
 このメタファーに準じると、「小銭」(言語事項)を組み合わせて(文を作る)「払う」(話す)のが上手になることが、「既習の知識が運用能力に結びつく」((b​))ことになります。そして、こうした見方で日本語の指導・支援をしていると、学習者はいつまで経っても、もたもたと「小銭」を組み合わせる(あるいは、出された「小銭」を数える)もどかしい言語ユーザーとなります。

2.言語活動従事を直截に支えることばづかいという隠在的知識
 流暢に話せる日本語ユーザーになるためには、ことばづかいという隠在的知識を学習者に形成する必要があります。ここに言うことばづかいとは、特定の言語活動の中の特定の発話の構成に奉仕する言い回しの「沈殿」です。「沈殿」というのは、当事者として実際に言語活動に従事しそれを重ねる中で、その経験が言い回しという形で記憶に残留したものです。そして、実際のところ、すべての発話、すべてのディスコースはそうしたことばづかいという隠在的知識を参照して行われています。
 ことばづかいという隠在的知識は、発話を一気に実行すること(あるいは発話を一気に理解すること)を可能にする知識です。言語活動従事を直截に支える知識はことばづかいという隠在的知識の堆積です。「小銭」のような言語事項の明示的知識と「小銭」組合せ技能ではありません。

3.言語技能の訓練ではなく言語技量の育成を ─ シャドーイングの有効性
 学習者が語彙や文型や文法事項を知っていることは悪くない出発点です。そして、そこからさまざまな発話ができる/発話を理解できるという地点に学習者を到達させるためには、「小銭」組合せ技能を訓練するのではなく、真に言語活動を支える知識を習得するためにことばづかいという隠在的知識の形成と堆積を促さなければなりません。それは、「小銭」の組合せや選り分けを想起させる技能の訓練ではなく、有能さを表す技量を育成することともなります。
 そして、既習の言語知識がある学習者において言語技量を育成するためには、発話のなぞり語りを促すシャドーイングが有効な教授方略の一つとなると見られます。

 こうなると、シャドーイングがなぜ、ことばづかいの形成と堆積や言語技量の育成のために有効かを丁寧に議論しなければなりません。そして、それはなぞり語りということと深く関係しています。そうした議論は、また別の記事で。


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