見出し画像

『生きることとしてのダイアローグ — バフチン対話思想のエッセンス』桑野隆著(岩波書店)

 バフチンの対話原理は、言語の教育や教育一般、さらには人文系のさまざまな研究分野で枢要な視座として長年注目されてきました。また、実践の分野でも、対話原理は応用されています。その典型は、最近注目されているオープンダイアローグです。ただ、…

 研究の方面でも、ましてや実践において、対話ということがしばしば注目されています。そして、その対話を「バフチンの言う対話である!」としている研究者や実践者も多くいます。しかし、そうした研究や実践の報告では、しばしばバフチンの対話や対話原理が本来の意味で理解されていません。あるいは、バフチンの対話原理の特定の側面にのみ言及して、対話原理を「便利使い」しています。極端な場合は、対話と単なる会話と同等に扱っています。「対話」と「対話原理」は、危機に瀕しています。

 バフチンの対話原理は、そもそもの人間の存在や、人間にとっての世界の存在、それらの「構造性」と「構造性」を超えた可塑性と発展性などの深淵に触れているのですが、これまではバフチンの思想の全体像の研究ばかり!が行われ、対話原理に焦点化して論じた本はほとんどありませんでした。要は、バフチン思想の全体を紹介する本ばかりでした。『[増補]バフチン — カーニヴァル・対話・笑い』(桑野隆、平凡社)などはバフチン研究の第一人者である桑野氏のバフチン研究の集大成で、ぜひお薦めではありますが、難解でたぶん一人で読むのはむずかしいでしょう。拙著の『第二言語教育におけるバフチン的視点』(西口光一、2013)や『対話原理と第二言語の習得と教育』(西口光一、2015)などは対話原理に焦点化した本ではあります。他に茂呂(2002)の「ディアロギスム心理学の構想」(『思想』2002年第8号所収、岩波書店)なども対話原理に焦点化しています。しかし、いずれも、バフチンの対話原理への入口としてはまだ難解です。対話原理をわかりやすく教えてくれる本の出版がずっと待望されていました。そんな中で、ついに! ようやく! とうとう! 出たのが、表題の本です。

 桑野氏自身も上のような背景を受けてこの本を書いていらっしゃいます。「かえりみると、対話論にしぼりこんでバフチンを広範な読者に向けて紹介したことがありません。…いまここで確認したいことは、バフチンの対話論そのものの特徴、すなわちバフチンが<対話>ということでどのようなことを念頭においていたかということだけです。…本書では、…バフチンの著作から、<対話>に直接かかわる部分にほぼしぼってテクストを引用しながら、読者のみなさんとともに内容を確認していく…バフチンの対話論を知るための手引きのようなものを提供できればとかんがえています。」(同書「はじめに」から)とあります。

 2021年9月16日出版(アマゾンでは9月18日)ということで「出版ほやほや」です。すぐにでも入手して、本を開いてみてください。これまで知りたくても、うまく「手が届かなかった」ことが、ようやくその姿を見せてくれます。


いいなと思ったら応援しよう!