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intothegarbage
メトロノーム・ティック [ショートショート]
駅前通りの喫茶パーラー「メトロノーム」は、私のお気に入りの場所だった。白いタイル張りの床と、木目調のテーブルが落ち着きを与える。
その店には小さなロボットがいた。名前は「ティック」。肩くらいの高さで、つぶらな目がスクリーンに表示されている。
初めてティックを見たのは、二ヶ月前のことだ。「何かお飲み物をお持ちしましょうか」と甲高い声で話しかけられ、私は少し戸惑った。店主の坂本さんがロボットを導入したと聞いていたが、それが実際に動いているのを見るのは初めてだった。
「じゃあ、ホットコーヒーをお願いします」と答えると、ティックはくるりと背を向け、小さなタイヤでカウンターへ向かった。器用にコーヒーカップを載せたトレイを運んで戻ってくる姿を見て、なんだか微笑んでしまった。
最近では、私のオーダーをティックが覚えている。「いつものホットコーヒーですね」と声をかけられると、小さな優越感すら覚える。ロボットのティックがいるだけで、店全体が少し未来的に感じられた。
ある日、パーラーに行くとティックがいなかった。「どうしたんですか?」と坂本さんに尋ねると、坂本さんは少し困った顔をして答えた。「部品が壊れちゃってね、修理に出してるんだよ」
ティックがいないと、店は少し静かに感じた。注文は坂本さんが取ってくれたが、いつものあの甲高い声が聞こえないのが寂しい。
それから一週間後、ティックは戻ってきた。目が少し明るくなり、動きも滑らかになったようだ。「ご無沙汰しております」と律儀に挨拶する姿に、私は思わず「おかえり」と声をかけた。
人間とロボットの間に友情があるのかはわからない。それでも、私はティックに会うのが嬉しかった。ティックもまた、スクリーンの目をキラキラさせているように見えた。