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干潟にて [ショートショート]

潮が引いた干潟は、波打ち際から広がる泥の平原だった。干潟に向かう道すがら、私はスーパーの袋を手に、少しの唐辛子を摘んできた。別段料理をするつもりもないが、何かの拍子に刺激が欲しくなったらと思ってのことだった。

海辺に到着すると、泥に足を取られないよう注意深く歩いた。ぬかるみに埋まった貝殻や小石、時折、透明な小さなカニが目に入る。小さな命があちこちで動き回り、その様子に目を奪われた。

干潟の真ん中あたりに腰を下ろし、少し休むことにした。周囲は静かで、ただ波の音だけが聞こえる。スーパーの袋から唐辛子を取り出すと、かすかに鼻を刺激する辛い香りが漂ってくる。ふと、友人たちが爆笑している顔が頭に浮かんだ。数日前、友人宅で唐辛子料理を食べた際に、予想以上に辛くてみんなが驚きの声を上げ、笑い転げたことを思い出したのだ。

「辛いのに何で食べるんだろうね?」と友人が涙目で言ったことが妙におかしかった。確かに、辛味は痛みとも言われるが、だからこそ刺激があり、口の中が燃えるようで気持ちがいいのだと私は思う。唐辛子の赤い色は、まるで心を掻き立てるように鮮やかだった。

干潟を見つめながら、唐辛子を指でつまみ、試しにほんの少しかじってみた。口の中が瞬時に熱を帯び、思わず小さな笑みがこぼれる。潮の香りと、唐辛子の鋭い辛味が混ざり合って、どこか不思議な感覚だった。

私は一口だけで満足し、残りの唐辛子を袋に戻した。やがて潮がまた満ちてきて、干潟は徐々に波に覆われ始めた。私は立ち上がり、帰路に向かった。

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