遠出の途中 [ショートショート]
朝靄が立ち込める駅前で、私はカメラを肩にかけて列車を待っていた。遠出に最適な日だと、天気予報の晴れマークが私を背中から押していた。
列車に揺られながら、車窓に流れる風景を何枚か撮影する。低い雲がまばらに散る空と、冬枯れした田畑が写真の中で静かに交じり合っていく。カメラのレンズ越しに見る景色は、ただの風景から少しだけ特別なものに変わる気がした。
目的地の駅に着くと、少し冷えた空気が私の頬を撫でた。駅舎を出て、しばらく歩くと、小さな港町が広がる。古びた家々と潮風の混ざった匂いが、遠出の醍醐味を感じさせてくれる。
港の近くにある高台へと続く道を見つけ、足を進める。石畳を登るたび、風景が広がっていく。カメラを持つ手が自然とレンズの向きを変え、シャッターを切る音が重なる。
やがて、高台の頂上に着いた。そこには小さな神社があり、境内には風でたなびく赤い幟が並んでいた。私は木の下のベンチに腰掛け、持ってきた水筒のお茶を一口飲む。ほっと息を吐いた瞬間、どこかから煙の匂いが漂ってきた。
目を凝らすと、海沿いに小さな工場のような建物があり、そこから煙がたなびいている。白く細いその線が、風に乗って空に溶けていく様子が不思議と美しかった。私はカメラを構え、煙の軌跡を写真に収める。
その瞬間、シャッター音がかき消されるほどの汽笛の音が遠くから響いた。
下りの列車の時間が近づいていることに気づく。私はもう一度だけ港町を見渡し、カメラをしまった。遠出はすぐに終わる。それでも、シャッターで切り取った景色は私の中に長く残り続けるだろう。
私は足早に駅へ向かいながら、煙の漂う空を見上げた。それは今も変わらず、空に溶けていく途中だった。