袋小路を抜けて [ショートショート]
雨の午後、仕事帰りに最寄りの駅で降りた。改札を抜けた途端、激しい雨に出迎えられる。持っている折り畳み傘を取り出そうとしたが、カバンの中には見当たらなかった。仕方なく、駅の軒下で雨が弱まるのを待つことにした。
しばらくすると、見知らぬ男性が隣に立った。30代くらいだろうか。スーツの肩がすでに濡れている。私と同じく傘を持っていないらしい。二人の間には微妙な間が生まれたが、雨音がそれを遮ってくれた。
「すみません、もし良ければ一緒に傘を使いませんか?」彼がそう提案したのは、それから数分後だった。振り返ると、彼はどこからかビニール傘を手に入れていたらしい。
「ありがとうございます。でも、どちらまで行くんですか?」私は少し警戒しつつ、問い返した。彼は駅から歩いて10分ほどの袋小路に住んでいると言った。
結局、彼の傘に入ることを選んだ。駅前の通りを横断し、いくつかの曲がり角を越える。道中はほとんど会話がなかった。ただ、傘の端から落ちる水滴の音だけが耳に残った。
袋小路に入ると、そこには古びた住宅が並んでいた。彼が指さした家は、周囲よりも少し年季が入っているようだった。
「ここです。ありがとうございました。」彼が静かに言うと、傘を差し出そうとしてきた。しかし、私はそれを受け取らず、軽く頭を下げただけでその場を後にした。
袋小路を抜け、再び大通りに戻る頃には雨が止んでいた。振り返ると、袋小路の入口は薄い霧のようにぼんやりとしていた。傘に守られていたわずかな時間の記憶が、雨とともに消えていく気がした。
次の日、再び駅を出たとき、雨は降っていなかった。しかし、袋小路へと続く細い道に目を向けると、そこには何もないただの路地が広がっているだけだった。