見出し画像

フードコートに天才がいた [ショートショート]

昼下がり、私は近所のショッピングモールに立ち寄り、フードコートの一角に席を取った。週末の喧騒は既にピークを過ぎていて、テーブルの数にも余裕がある。トレーに乗せたコーヒーとサンドイッチを目の前に置き、カバンから取り出したノートに目を落とした。

ふと、隣のテーブルで子どもが何やら騒いでいるのに気づいた。母親らしき女性が「静かにしなさい」と言い聞かせるも、その声は届いていないようだ。子どもはプラスチックのフォークを片手に、紙ナプキンに何か書き込むような動作をしている。

しばらくして、興味が湧き、そのナプキンに目をやった。そこには、数字と記号が縦横無尽に並んでいた。四則演算のようだが、その量が尋常ではない。気づけば、子どもは紙ナプキンを2枚も3枚も使い切っていた。

「すごい集中力ですね」隣の母親に話しかけた。彼女は少し恥ずかしそうに笑い、「そうなんです。パズルが好きで、いつもこうなんです」と答えた。子どもが手を止めてこちらを見た。「見せてもいい?」と小声で尋ねると、彼はうなずきながらナプキンを差し出した。

そこには驚くべきものが書かれていた。数列が規則正しく並び、その一部は明らかに私には理解できない記号で埋められていた。「これ、なんの計算?」と聞くと、彼は淡々と答えた。「ピザの切り方をもっとたくさん作る方法を考えてたの」

私は一瞬言葉を失った。ピザの切り方の計算とは何だろう。しかし、彼の目には確かに真剣さが宿っていた。「天才って、こういうものなのかも」と心の中でつぶやいた。

その後も子どもはナプキンに数列を書き続け、私は静かに自分のコーヒーを飲みながら、その様子を観察していた。彼の母親は、時折申し訳なさそうに笑顔を見せていた。フードコートのざわめきの中、彼だけが全く別の世界にいるようだった。

やがて、彼は書き終えたナプキンをすべて母親に渡し、満足した表情で座り直した。私は軽く会釈をして席を立ち、フードコートを後にした。その子どもが考えたピザの切り方が実際に役立つかどうかはわからない。ただ、あの集中力と発想の豊かさは、確かに印象的だった。

外に出ると、モールの入り口には冷たい風が吹き抜けていた。私はふと、彼の書いた数列を思い浮かべながら、日常にも思いがけない発見が潜んでいるのかもしれないと感じた。

いいなと思ったら応援しよう!