マジシャンの失敗 [ショートショート]
週末の午後、私は友人の誘いで小さな劇場に足を運んだ。目的は、話題のマジシャンのステージだ。驚異的な技を見せると評判のその人物は、舞台中央に現れると華麗な身振りで観客を惹きつけた。
「ご注目ください!」マジシャンは高らかに叫んだ。目の前に並んだカラフルなボールを空中に放り投げ、宙返りを加えながら次々とキャッチしていく。観客は拍手喝采を送ったが、私はふと不安を覚えた。演目が進むごとに、動きが微妙に狂い始めているように見えたのだ。
やがて、彼は大技を宣言した。何もない空間から巨大な鳥を召喚するという。緊張が場内を包む中、彼は大きく手を振った。だが、その瞬間、手元のカードが滑り落ち、羽の代わりに紙吹雪が宙を舞った。観客は笑いに包まれたが、マジシャンの顔には明らかな焦りが浮かんでいた。
その後の演目は急転直下だった。次々とミスが重なり、マジシャンは明らかにリズムを崩した。華麗な技は影を潜め、簡単なトリックすら不安定に見えた。観客の中にはスマホをいじり始める人も現れた。
最後の演目が終わると、観客はわずかな拍手を送り、席を立ち始めた。友人は「練習不足だったのかもね」とつぶやきながら笑ったが、私はなんとも言えない気持ちで劇場を後にした。失敗のリバウンドが、彼にどれほどの影響を与えるのか、考えずにはいられなかった。
外に出ると、冷たい風が顔に当たった。プロであっても、ほんの小さな乱れが崩壊を招くことがある。それはマジシャンに限ったことではない。私はマフラーを巻き直しながら、そう自分に言い聞かせた。