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宇宙人の順番待ち [ショートショート]

レジの前で、私は五分ほど待っている。スーパーは混雑していて、会計まで辿り着くには時間がかかる。前に並ぶ人たちの後ろ姿をぼんやり眺めながら、私はふと思った。もし、この中に宇宙人がいたら、どんな顔をしているだろうか、と。

「地球のスーパーは、意外と面倒だね」

隣に並ぶ見知らぬ男性が、突然声をかけてきた。私は思わず顔を上げる。丸い眼鏡をかけた彼の顔には、何の表情もない。ただ、何かを観察するような視線で周囲を見渡している。その様子に少し違和感を覚えたが、話しかけられた以上、返事をしないわけにもいかない。

「そうですね。でも、これも生活の一部ですから」

「なるほど。地球の生活というのは、待つことが多いのだね」

彼の言葉は、まるで異国の人間が初めて日本の文化に触れた時のようだった。それでも、彼の日本語は完璧で、不自然さはない。もしかしたら、彼が本当に宇宙から来た存在だとしたら?私は内心で微笑む。ばかげた考えだと思いながらも、彼の冷静な語り口がその妄想をどこか現実味のあるものに思わせた。

「待つことは、何かを得るための一つの過程ですから。急いでも意味はないんです」

「それは…哲学的だね」と、彼がつぶやいた。

その言葉が私の中に小さな違和感を残した。彼の瞳には、まるで全てを超越したような静寂がある。レジを待つだけの時間が、彼にはどこか別の意味を持つのだろうか、と考えていると、ようやく私の順番が来た。バッグから財布を出している間に、彼はもうどこかに行ってしまった。

会計を済ませて出口に向かうと、先ほどの男性の姿が見えた。彼は何も買わずに出口に立っている。ただ、静かにこちらを見つめているようだった。私が彼の方に目を向けた瞬間、彼は軽くうなずき、ふっと姿を消した。

その瞬間、彼が本当に宇宙人だったのか、それとも単なる変わった人だったのか、私はわからないまま、帰り道を歩き始めた。

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